【カドブンレビュー】
その美人姉妹の心が揺れると火山が噴火する……。
舞台は十数年前に大噴火を起こした火山島、辛庚島を擁する根倶市。
温泉街の老舗旅館である丁寿屋旅館の若女将である亜津子はその美人姉妹の姉だ。
異性に心を寄せれば心が揺れる。ゆえに誰も愛せない宿命を背負った亜津子のもとに婿養子として入ったのは大学時代の同窓生であるさえない男、鵜乃吉だった。亜津子の秘密を知らない鵜乃吉は徴兵逃れのため、亜津子は旅館の跡取り確保のため、お互いの利害が一致した結婚であるがゆえに、妻のそっけない態度に文句も言えない鵜乃吉は形ばかりの若旦那の仕事をこなしながら、それでも美しい妻を愛していた。
そんなある日、郷里を離れていた亜津子の妹、真耶子が根倶市に帰ってきたことから鵜乃吉の周りは騒がしくなる。真耶子を付け狙う怪しい連中が鵜乃吉や亜津子にも魔の手を伸ばそうとするなか、辛庚島の火山も噴煙を上げ始め……。
首都ではなく首府、東京ではなく東景。国民陸軍、「主義者」と呼ばれる反日分子。内務所の密偵など怪しげな連中が跋扈する、我々の住む現実とは微妙にずれた異世界で繰り広げられる奇想天外な物語が、分不相応な妻を手に入れた鵜乃吉の自虐的かつコミカルなつぶやきを交えた一人称で語られ独特な世界を作り出す。
自らの理屈で世界を救おうとする者たちと、それを排除しようとする国家権力。不思議な力を持ったがゆえに巻き込まれる者。そしてその間でただアタフタと戸惑う者。果てしないテトラポッドの迷界でフナムシの大群に囲まれ、迷宮のような旅館の中で綿羊の集団に蹂躙され、シュモクザメに襲撃される。幻想的な世界で繰り広げられる攻防の果て、遂に噴煙姉妹の真実が明かされる。
姉妹の心の揺れと火山の噴火に隠された秘密とは?
そして鵜乃吉は妻の本当の愛を手に入れることができるのか。
万雷の拍手が耳の奥で鳴り響き、快哉を叫びたくなるような幸福感に包まれるラストは必読。タイトルやあらすじから連想される展開の斜め上を行く仰天の結末に思わず笑みがこぼれる。奇抜な設定を楽しみながら、理屈では説明できない愛の姿を描く本作はどんなカテゴリにも収まらない限りなくピュアな幻想純愛奇譚だ。
作者は『二階の王』で第22回日本ホラー小説大賞優秀賞を受賞し、同作品でデビューした名梁和泉氏。澤村伊智氏の『ぼぎわんが、来る』と大賞を争い、綾辻行人氏、貴志祐介氏ら名だたる選考委員にも高く評価された実力派だ。
2作目の『マガイの子』も地域伝承に異次元もの、姉弟愛を絡めた傑作ホラーだが、この3作目は随分毛色が違う。ホラーに拘ることなく新たなジャンルを模索しているようにもみえる本作は、作者の飽くなき探究心と懐の深さを感じさせる怪作であった。
>>名梁和泉『噴煙姉妹』
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