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レビュー

女子高生のリリカルな文通小説――と思ったら大間違いだ! 『ののはな通信』

 読み始めた時には予想もしなかった遥か遠くまで連れて行かれた。そうして辿り着いた場所から見える景色にただただ、圧倒されている。
 三浦しをん『ののはな通信』は、ミッション系のお嬢様学校に通う野々原茜(のの)と牧田はなが交わした手紙のみで構成される書簡体小説だ。
 書簡体小説といえば、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』やウェブスター『あしながおじさん』に始まり、たとえば井上ひさし『十二人の手紙』のようなミステリ、宮本輝『錦繍(きんしゅう)』のような恋愛小説、姫野カオルコ『終業式』のような群像劇、近年では森見登美彦の『恋文の技術』などがある。いずれも名作揃いだが、手紙ならではの特徴の使い方は千差万別。当然、作者が物語に込めたテーマも違う。
 そんな中、『ののはな通信』がやろうとしているのは、変化の描写だ。広がりの描写、と言い換えてもいい。
 物語の始まりは昭和五十九年。
 庶民的な家庭に育ったクールな秀才のののと、外交官の娘でほんわかタイプのはなは、学校だけでは喋り足りず手紙を交換しているほどの仲良し同級生だ。まだメールなどない時代。手書きの手紙に、読んだ漫画、家族の話、同級生の噂、テストの悩み。いくら書いても話題は尽きない。
 ふたりの仲に変化が起きるのは夏休みだ。ののは、はなに対する自分の気持ちが友情ではなく恋だと気づく。悩んだ末に告白し、ふたりの密やかな、甘い毎日が始まった。けれど半年後、ある秘密が明らかになって……。
 というのが第一章だ。これだけで十分長編小説になり得るほどの濃度である。少女特有の潔癖さや残酷さ、恋する者の浮遊感や焦燥感などがリアルにつぶさに描かれる。さすがだ。
 だが、これは始まりに過ぎない。いや、土台というべきか。高校時代を描いた第一章の後、第二章は別々の大学に進んだふたりの、そして第三章以降はなんと四十代になったふたりの手紙で構成されるのである。
 愛し合い傷つけ合った高校時代を、半ば思い出として、半ば生々しい傷として抱えながら再会した大学時代。さらに二十年の空白を経て、地理的にも遠く離れた場所にいるふたりがひょんなことから再開したメール交換。
 個々の感情のやりとりもさることながら、時の流れが生んだ変化の描写が圧巻。ここにあるのは、「私とあなたが世界のすべて」から「私もあなたも世界の一部」への変換だ。
 高校生の頃は、両手を伸ばして触れる範囲がすべてだった。けれど大学、社会人と変わるにつれて、人は世界の広さを知る。新しい出会いと新しい体験を通して、新しい自分を知る。そうして人は大人になる。その様子が手に取るように伝わる。四十代になったふたりの「あの子たちが、ここまで来た」という感慨たるや!
 けれどそれは、決して「私とあなたが世界のすべて」の時代を否定するものではない。あの時代があったからこそ、彼女たちはここまで来たのだと、すっと腑に落ちた。
 まるで二本の川を見ているかのようだった。狭くて流れが急な一本の川が途中から分かれる。分かれた流れは再び交わることはなく、別の土地の別の風景の中を進む。川幅は広がり、流れもゆったりしたものに変わる。それぞれの川岸には異なった花が咲く。けれどその景色は最初の急な上流から始まっているのだということ。そして川は分かれても、川が作った肥沃な大地はつながっているのだということ。まさに大河小説である。
 自分の来し方を振り返らずにはいられなかった。おそらくすべての読者がそうだろう。自分の高校時代を思い出し、その当時には予想もしてなかった多くの出来事を経て今の自分があることを、寂しさと自信がないまぜになった気持ちで振り返るに違いない。
 ののとはなに、エールを送りたくなる。そのエールは、彼女たちと同じ時代を通り過ぎ、いろんな傷や思い出を抱えながらも自ら選んだ人生をしっかりと歩いている、すべての同志へのエールなのである。


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