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レビュー

人間杭打機、再び未解決事件に挑む 『ドラゴンスリーパー』

 御年八七にして今も現役バリバリの映画監督であるクリント・イーストウッド。すっかり白髪頭になったその近影を見て既視感を覚えたのだが、最近老人力が増しているせいか、なかなか気付けなかった。
 そうだ、パイルドライバーだ!
 そうひらめいたのも、本稿の依頼を引き受けたおかげ。パイルドライバーといえば、「股のあいだに相手の頭はさんで持ちあげて、お尻つきながら真っ逆さまに落とす」プロレス技が有名だが、直截(ちょくせつ)の意味は建設機械の杭打機(くいうちき)。本書『ドラゴンスリーパー』の主人公久井重吾(くいじゅうご)のニックネームである。
 渾名(あだな)の由来には奥深いわけがあるのだが、それは置いといて、この男、すでに還暦を過ぎているが、二メートル近い長身で、頭の上から相手を叩いたりする姿はまさに人間杭打機なのだ。
 本書はそのパイルドライバーの活躍を描いたシリーズの第二作である。
 イーストウッド似というと、映画ファンならずとも、彼が扮した刑事ダーティハリー・キャラハンを思い浮かべようが、久井はアクション系の刑事ではない。人の頭を叩いたりはするものの、得意技は被害者の人間関係を洗い出すシキ捜査と取調べ。その卓抜した捜査能力で二年前まで神奈川県警捜査一課の筆頭班長を務めていた。
 シリーズ第一作『パイルドライバー』は彼が一五年前に捜査に当たった一家惨殺事件(迷宮入り)とそっくりの事件が発生、捜査一課長直々の命で退職した彼が嘱託として捜査に参加するという話だったが、本書はその数か月後、今度は久井の育ての親である元上司・諸富幸太郎(もろとみこうたろう)が惨殺死体で発見される。しかも手足を縛られ顔にビニール袋をかぶせられて浴槽浸けにされるという手口は冤罪騒ぎを起こした一三年前の少女殺し(迷宮入り)と酷似していた。
 アドバイザーとして招聘(しょうへい)された久井は県警捜査一課の若手刑事・中戸川(なかとがわ)と再び組むことになるが、捜査には何故か公安がしゃしゃり出てきて、不法滞在中国人——鼠族(そぞく)が絡んでいるらしいことを臭わせる。だが捜査一課長の羽佐間(はざま)は、一三年前の田島春菜(たじまはるな)殺しと前後して起きた鶴見(つるみ)の事件——夫婦とその友人が惨殺された事件(迷宮入り)と関わりがあると睨んでいた。当時の資料を調べた久井もその可能性を感じるが、やがて諸富の自室から一三年前の冤罪事件についての独自の捜査資料が発見される。
 捜査小説としては種々の関連話を織り交ぜながらじわじわと進んでいき、なかなか全貌をつかませないタイプ。舞台の土地柄もあって黒社会の歴史など中国関係の蘊蓄(うんちく)が盛り込まれているし、捜査の進展と並行して久井の読書録が披露されるのも特徴的だ。彼は空いた時間に、別れた妻が絶賛していた中世ウェールズの伝説集『マビノギオン』(シャーロット・ゲスト著の実在の書物)を読み進めていくが、その内容が捜査にどんな影響を与えるのかも要注意なのだ。むろんそれで展開が重くなるようなことはない。著者は随所に犯人視点のエピソードを挟みつつ、サスペンスを途切れさせない。
 また本書の主人公は久井だが、相棒の中戸川の刑事としての成長ぶりも読みどころ。運だけで捜査一課に引っ張り上げられたかのような一見凡庸な男だが、嗅覚に優れ、久井と組むことで徐々にその才能を開花させつつある。
 リアリスティックな警察小説にはヒーローは生まれにくい。犯罪捜査は上意下達の組織活動が基本。私立探偵のように、個人の都合で自由に動き回ることは出来ない。犯人逮捕に貢献して名を上げることはあっても、ヒロイックな活躍が約束されるわけではない。
 だがパイルドライバーには捜査権こそないものの、捜査一課長のお墨付があるし、縛りは緩い。警察小説的にも説得力がある。彼はアクション刑事ではないといったけれども、本書では格闘シーンも繰り広げるし、今後は派手な肉弾戦を演じる機会もたびたび生じるかも。国際的なテーマ設定、ユニークな社会派演出とともに、相棒活劇としての新たな展開にも期待したい。


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