ストーリーの表層を追うと、大事なものがこぼれ落ちる。これはそういう小説だ。では、この小説にとって、いちばん大事なポイントとは何か。そのために、少しだけ遠回りする。
モモコ二十二歳は家出して、
居心地のいい場所だったが、兄に半ば追い出されるかたちでそこを出て、今度は海辺の町へ行く。住居つきの働き口があると言われて始めた仕事は、「汚物処理をしたり、吐瀉物や血液で汚れた空き部屋の掃除をしたり、大量のシーツを取り替えたり、いわゆる汚れ仕事だけを引き受ける最底辺の下働き」で、住まいは雑居ビルの一室。同じボスに雇われていて就労ビザが切れているベトナムやフィリピンなど外国の八人とぎゅうぎゅう詰めの日々。その仕事も首になり、この際だから実の父親のお墓参りをしていこうと思って訪ねた山間の村に、どういうわけか居ついてしまうが、何の不満もなく居心地のいいその村も出ていくことになって、コンビニカーの主メリーさんが案内してくれたのが、桃源郷。そういう名前の村があるんだという——ストーリーの紹介はここまでにしておく。物語はあと100ページ弱残っているが、その村でも劇的なことは起こらず、これまで同様の日々が続いていくことを書くにとどめておく。
急いで付け加えておくが、ここまでは、ものすごく省略したストーリーの紹介にすぎない。それぞれに個性の強い人物がいて、奥行きのあるドラマが語られることは書いておかなければならない。読書の興を削がないよう、また煩雑になるので細かなことは紹介しなかったが、実はそういうディテールを読むのが小説を読むことの愉しさだ。山間の村のお婆さんたちとの交流などを始め、もっと読みたいなあという欲求を十分に満たしてくれるから、さすがは
モモコの彷徨を描くこの長編の主題は、では何か。
「ふつうに就職して、ふつうに自立して、ふつうに家出てくのって、こんなにも難しかったんだね。あたしはぜんぜんだめだった。お兄ちゃんの足下にも及ばないよ。ほんと、甘かったよ。就職ひとつ、できなかったんだもん。悲しいかな、全滅だよ」
これは兄に向かって言うモモコの言葉だが、これを言葉通りに受け取ると、モモコの彷徨は勤め口、つまり仕事探しの旅に思えてくる。コンビニカーの主メリーさんに、「わたしにも仕事、作れますかね」と尋ねるシーンをここに重ねれば、起業のすすめのようでもある。
しかし桃源郷にも止まらないという結構に留意したい。ラストに出てくる記述を引くのはマナー違反なので、ここはぐっと我慢するが、ラストの力強い結語を見られたい。モモコは仕事を探していたわけではなく、自分探しをしていたわけでもない。彼女が求めていたのは、生きる強さだ。どんな仕事でも、どんな場所でも、生きていくことの出来る力だ。そういう力がこんこんと湧いてくるラストに留意。モモコ、もう大丈夫だ。