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レビュー

これだこれだこれだ、これこそ馳星周だ!

 懐かしい馳星周が帰ってきた。いちだんと洗練され、いちだんと哀愁の色を濃くして。

 馳星周は一九九六年のデビュー作『不夜城』で吉川英治文学新人賞、第二作『鎮魂歌 不夜城Ⅱ』で日本推理作家協会賞を受賞。二作で文壇の寵児になり、期待の高まるなか発表されたのが、第三作『夜光虫』だった。この小説は、六大学から鳴り物入りでプロ球団に入った投手が、肩の故障で引退。事業で多額の借金を作り、台湾に渡り、プロ野球で八百長試合に手を染め、やがてやくざの抗争に巻き込まれ、次々と殺人を犯していく話だった。
 その男が顔を変え、名前を変え、イタリアに逃れた。本書『暗手』はそこから始まる。
 台湾で破滅した男は、いまではヨーロッパの黒社会で暗手とよばれ、殺し以外の仕事ならなんでも請け負っていた。そんな男のところにサッカー賭博組織の末端に連なるチンピラから、日本人のゴールキーパー大森怜央を抱き込んでくれないかという依頼がある。
 大森が在籍しているセリエAのロッコはセリエBへの降格もありうる状況だった。守備力強化のためにベルギーのチームから移ってきた大森に八百長をさせろというのだった。

 男は偽りの日本人名を使い、大森に近づく。娼婦ミカを雇い色仕掛けで籠絡するものの、大森の姉である綾が登場して歯車が狂いだす。綾は、男が台湾で愛し、愛したがゆえに殺人を繰り返すはめになった運命の女と似ていたからだ。男は綾と関係を深め、台湾時代とつながりがある殺し屋馬兵の裏をかいて事を運ぼうとするのだが……。
 殺し以外の仕事をしていた男が、嘘に嘘を重ねて、再び殺人を繰り返すはめになる。小説では、どこまでも堕ちていく男の行動と内面に焦点をあてていく。一言でいうなら、激情を抑え込む男の焦燥と孤独と絶望が脈打っている。言葉が何度もリフレインされ、語尾がリズムをきざみ、読者は激しく感情をかきたてられ、物語へと深く入り込むのだ。ひりひりするような感覚を至るところで覚え、物語のドライヴ感にうちふるえることになる。

 そう、ここには久しく忘れていた初期の馳星周節がある。最近の『比ぶ者なき』などがいい例だが、初期の文体から遠く離れている。謳いあげることをできるだけ避けて、淡々と叙述を重ねているのだ。それはそれでいいけれど、ふれれば火傷しそうな煮えたぎる感情の奔流はどこにいったのだ、それこそ馳星周ではないかと僕はずっと思っていた。しかも馳星周だけでなく世界の作家に影響を与えた『ホワイト・ジャズ』のジェイムズ・エルロイも、いささか狂熱のさめた文体になっていて物足りなさを覚えていた。
 そんなときに馳節の復活である。絶望と悔恨のメロディが鳴り響くプロローグから、ファンは嬉しくなる。これだこれだこれだ、これこそ馳星周だ! と誰もが思うのではないか。しかもより滑らかさを増しているのがいい。初期作品には、エルロイのむこうをはり、日本のノワールを書こうという強い意志があり、スタイルを作り上げることにこだわりがあったけれど、本書を読むともうそんな鎧は消えて、自然な躍動感に満ちている。

 もっとドラマティックにという思いがないではないけれど、無駄なものをそぎ落とした文体(罠にはめていく過程が迫力に富む)、クールなアクション(激しい銃撃戦の数々、とくに馬兵との戦いが圧巻)、ほとばしるエモーション(失われた愛への慟哭、新たな愛の歓喜と地獄)などなかなかいい。ここには虚ろな愛の響きも滲んでいるが、これは殺し屋がアメリカ裏社会を血に染めながら一人の女を探し求める、アンドリュー・ヴァクスの『凶手』(馳星周が作家になる前に影響を受けた一冊であり、『暗手』というタイトルもそこから出てきたものだろう)を想起させる。
 本書は『夜光虫』の続篇ではあるが、いきなり本書を読んでも問題はない。物語は独立しているし、『夜光虫』の出来事は過去の幻影のように忍びこむ程度だ。でもそれを恐怖と悲しみの象徴まで高めているから、自ずと愁いが際立ち、男の肖像はより深まる。昔からのファンも、馳星周を知らない若い人をも惹きつけてやまない小説だろう。

いけがみ・ふゆき 文芸評論家
出典:本の旅人4/27号


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