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レビュー

SF愛溢れる著者が脳と心を自由に遊ばせて綴ったエッセイ『長さ一キロのアナコンダがシッポを噛まれたら』

 椎名誠(しいなまこと)といえば、SFであります。

 のっけから何をいきなり乱暴なことを言い出すんだ、辺境の旅ものとか青春小説とかはどうしたんだ、と言われそうだけど、まずは参考資料として、ウェブサイト「椎名誠 旅する文学館」に掲載された、椎名誠本人が選んだ、自作ベスト10を紹介しておきましょう(順位なし。刊行順)。

『武装島田倉庫』(新潮社)
『中国の鳥人』(新潮社)
『みるなの木』(早川書房)
『銀天公社の偽月』(新潮社)
『ONCE UPON A TIME』(本の雑誌社)
『すすれ! 麺の甲子園』(新潮社)
『ひとつ目女』(文藝春秋)
『新宿遊牧民』(講談社)
『そらをみてますないてます』(文藝春秋)
『雨の匂いのする夜に』(朝日新聞出版)

 十冊の中でなんと半分の五冊がSFなのです(『武装島田倉庫』と『ひとつ目女』は連作長篇、『中国の鳥人』『みるなの木』『銀天公社の偽月』は短篇集)。「椎名誠はSFだ」と言い切った筆者が言うのも何ですが、ほんとにこれでいいんだろうか、と困惑してしまうようなラインナップです。『あやしい探検隊』も『岳物語』も入ってない。椎名さん本人が選んだものを前にして失礼なのだけど、なんとも偏ったベスト10です。それだけに、いかに椎名さんがSFに思い入れが深く、また力を入れているのかがよくわかるでしょう(筆者としては、傑作『アド・バード』が入ってないのがちょっと納得いかないのだけど)。

 そこで本書なのですが、そんな椎名さんが並々ならぬ思い入れを持っているSFの牙城(がじょうともいうべき『SFマガジン』に、「椎名誠のニュートラル・コーナー」というタイトルで、一九九六年五月から二〇〇八年四月まで隔月連載されていたコラムを集めたエッセイ集です。
 十二年も連載していたにしてはずいぶん薄いな、と思った人もいるかもしれないけれど、実は九七年から〇七年までが十年あいているので、実質的には三年弱ということになります。
 二十代から愛読していたという想い出深い雑誌の連載だけあって、この本に収録されたエッセイでの椎名さんの筆致は、とてものびのびしています。話題はころころ変わるし、なんというか、かっちりとしたまとまりがない。ひとことで言えば、自由なのです。
 この解説を書くにあたって、ほかの雑誌に連載されたエッセイも読んでみたのですが、それに比べても、このエッセイ集の自由さは際立っています。この人はほんとに書きたいことだけ書いてるなあ。読んでいて、なんだか笑い出したくなってしまうような、そんな爽快感があります。そして、だからこそ、本書は、椎名誠の頭の中がダイレクトにのぞけるエッセイ集になっているのです。
 本書の単行本あとがきには「ココロのふるさとに帰ってきて、その校庭を歩いているような浮いた足どり」とあるのだけど、まさにそのとおり。『SFマガジン』という雑誌には、そんなふうに、SF好きの心を浮き足立たせてしまう魔力があるのです(私もしばらく書評を連載していたことがあるのでよくわかります)。

 昔から科学エッセイが好きだった椎名さんだけあって、本書には、R・T・ルード、J・S・トレフィル『さびしい宇宙人 地球外文明の可能性』やジェントリー・リー&マイクル・ホワイト『22世紀から回顧する21世紀全史』みたいな科学ノンフィクションの話題がよく出てきます。こうしたノンフィクションから得た知識に、椎名さんならではの辺境の旅の生々しい経験を加え、ぐるぐるとあらぬ方向へと妄想をめぐらせていくあたりが本書の真骨頂。作者の描く独特のSF世界の発想の源がここにはつまっています。このエッセイ集は、椎名誠の辺境ものとSFとをつなぐミッシングリンクなのです。
 さらに、古くからのSFファンだと、最近のSFはあまり読まなくなってしまう人も多い中で、椎名さんはダン・シモンズ『イリアム』やチャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』みたいな新しいSFもけっこう読んでいるあたりもさすがです。椎名さんは特にミエヴィルがお気に入りのようなんですが、確かにミエヴィルの描く、鳥人や奇妙な生物たちが織りなす混沌とした世界は、椎名誠の描く超常小説に通じるものがあります。

 本書を読んで、椎名さんの描くSFに興味をひかれた方は、まずはさまざまなタイプの短篇が年代順に一覧できる自薦傑作集『椎名誠 超常小説ベストセレクション』がお薦め。
 そのあとは、『アド・バード』『武装島田倉庫』『水域』といった初期の傑作群、さらには『チベットのラッパ犬』や『ケレスの龍』など、未来の戦争終結後の荒廃した世界を舞台にした〈北政府〉ものの近作へと読み進んでいくといいでしょう。説明なしで次々と繰り出される奇怪な造語と、戦後の闇市を思わせる猥雑(わいざつ)な空気、そして臭いや痛みなど身体感覚に訴えかける描写には圧倒されること請け合いです。

 ちなみに、本書のあともSFマガジンの連載エッセイはまだまだ(今度は空白期間なく)続いていて、二〇一四年には二冊目のエッセイ集『地球上の全人類と全アリンコの重さは同じらしい。』も出ています。この本が気に入ったら、そちらもぜひ読んでみて下さい。おもしろいですよ。


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