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レビュー

生者と死者が入り交じる、官能的な幻想奇譚 『さくら、うるわし 左近の桜』

 夢の中へ誘い込まれ、あるいは、ふいに意識を失ってしまった間に、異界に踏み込み、異形の存在と関わってしまう「左近の桜」シリーズの主人公・左近桜蔵(さこんさくら)。シリーズ一作めの『左近の桜』では高校二年生、続く『咲くや、この花』では受験生だった彼も、八年ぶりの刊行となる最新作『さくら、うるわし』では、大学生になっている。
 以前は家業の宿屋「左近」の敷地内に、母と弟の千菊(ちあき)と住んでいた桜蔵。「左近」は、贔屓すじ相手と言えば聞こえはいいが、その実、男色趣味の客だけが訪れる隠れ宿だ。大学進学を機に、桜蔵はそんな「左近」の屋敷から出て、父で医師の(まさき)と柾の正妻の遠子(とおこ)が暮らす家で同居することになった。だがその家は、桜蔵の部屋とは玄関を別々にするよう改築したものの、桜蔵の部屋の鍵は柾も持っているというタブー感漂う設定である。
 というのも、本シリーズのファンならご存知のように、桜蔵は弟の千菊ともども、柾の庶子となっているが、当人は柾や母と血のつながりはないだろうと考えている。
 千菊と違って柾と母の血を受け継いでいる顔立ちではないことや、見えないはずのものまで見てしまう力があることなど、これまでも桜蔵のミステリアスな出自は匂わされてきた。本作では、柾が〈おまえのほんとうの父親を知っている(略)ただし、それを話すつもりもない〉と宣告し、桜蔵の数奇な運命にさらに興味が湧いてくる。
 また、柾はたびたび桜蔵に対して、〈自分の好みの男をひろってくる〉とからかい、その筋の友人たちとともに、桜蔵を女扱いする。桜蔵当人は、自分には一学年上の真也というガールフレンドもいるし、男たちの軽口をばかばかしいとはねつけているが、ますます美丈夫に成長。柾の友人が〈そのからだで?〉ともったいながるほどだ。それゆえか、桜蔵は結構な回数、生者と死者の別なく〝男〟に唇を奪われ、裸にむかれ、抱きつかれている。その感触を嫌悪することなく受け入れてしまう桜蔵。いつかあちら側へ転げ落ちるのではないかという綱渡りのような状況にサディスティックな好奇心を抱きつつ、ハラハラ見守るのが楽しい。
 実際、本シリーズの魅力と言えば、やはり桜蔵がどんなあやかしにすり寄られ、不測の事態に巻き込まれていくのか。(わざわい)を払い、桜蔵として現世に戻ってこられるのかという一種の〝お約束〟的展開と、誘惑者たちの千紅万紫の艶やかさだ。シリーズ二作めまでは、12章の連作短編形式だったが、本作では初めて4話立ての連作形式になっている。その分、各話の出来事は複雑で、いっそう幻惑される。
 その一部を紹介すると、たとえば第3話では、桜蔵がブックカフェで見つけた『緑の月』という詩集から滑り落ちた書簡をきっかけに、不思議な出来事の幕が開く。桜蔵がその本の版元を訪ねていくと、いまは重厚な佇まいの古書店になっていた。そこで詩集の万引き犯という嫌疑をかけられ、引き渡しを求める刑事まで現れる。財産家の遺書、稀覯本(きこうぼん)、高額切手等々、モチーフとして使われている小道具の来歴がみな謎めいているという凝りようだ。
 それにしても今回の桜蔵は、自転車ごとはね飛ばされたり、女を騙して殺した極悪人と誤解されたり、いままで以上に面倒な災難に巻き込まれてしまう。各話で起きるどの事件も、一応の決着は見るのだが、割り切れなかった出来事が、思いがけない形で結び合わされていく数珠つなぎの物語になっていて、息つく暇もない。
 さて、本作でも仕掛けられている、桜蔵の出自の謎と、桜蔵が柾を始め周辺にいる男たちから〝女呼ばわり〟されることの謎。そのふたつは本作で明かされているのかどうかも気がかりではないだろうか。実のところ、桜蔵の家族のサーガが少し見えてきたり、千菊も大人になりつつあるらしいとわかったり、まだまだ知りたいことだらけ。その流れから言えば、ここで終わってもらっては困る、と直談判したくなる。そう遠くない日にまた、桜蔵たちに会えることを願う。


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