【カドブンレビュー10月号】
カドブンを訪れて下さってる皆様、こんにちは。
すっかり秋めいてきましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
毎月カドブン編集部から送られてくるレビュー対象本のリストの中に、
「将来的な火星移住を見据えて始まった、擬似的テラフォーミング実験『スフィア計画』。十数万単位で選抜された住人が超巨大ドームで数十年暮らすその実験が……」
という文章を発見し、迷わず選ばせて頂きました!
SF好きなんですよね。
宇宙旅行はまだまだ庶民の手には届かないですが、本ならばページを開けばそこは宇宙ですからね。
そんなわけで今月紹介するのは、乾緑郎著『僕たちのアラル』!
どんな本なんでしょうか、楽しみ楽しみ〜。
さてさて。
しかし実際にこの本を読み始めてみると、舞台はなんと地球でした(笑)。
最初の文章をよく読み返すと、「将来的な火星移住を見据えて」とか「擬似的テラフォーミング実験」とちゃんと書いてあります。
この物語の中では、火星移住の前段階として地球上に巨大ドームを建設し、その中で三十年間、十五万人ほどの人間が暮らすという壮大な実験が行われており、この小説はそのドームの中が舞台となっているのです。
気分は宇宙だったので、がっかり……
ということは決してありません。
外界から完全に遮断された三十年間の「期間限定社会」という設定はかなりおもしろいですもん。
主人公はそんな閉鎖された巨大ドームの中で生まれ育った(第二世代ということになります)、恋や受験に悩む高校生の(途中で大学生になりますが)井手拓真!
さすがSFですね。
スケールが大きいので設定の説明をするだけで時間がかかってしまいます(笑)。
さてさて。
そんなクローズドな空間で、主人公の拓真くんは、エコテロリストの起こした誘拐を皮切りに、家族、恋する相手、友情、そして自分の存在をも試されるような事件──というか、むしろ宿命の渦──に、次から次へと巻き込まれていきます。
正直、四十も半ばになると、高校生が主人公の物語に素直に感情移入したり、リアリティーを感じる事は難しくなっていくのですが、拓真くんは応援せずにはいられません。
若いのに可哀相に……
なんどそんな風に思ったことでしょう。
そして、ミステリー的な要素で牽引されてきた物語は、やがて神話的な、胸をヤスリで削られるようなエンディングを迎えます。
果たしてこれは救いなのか?
それとも、これが人生なのか?
このエンディングは好みが分かれるかもしれません。
しかし、ありふれた予定調和な結末からは感じ得ない、なにか重いモノをしっかりと残していってくれた一冊でした。
というともの凄くヘビーな物語に聞こえますが、魅力的な女性キャラがたくさん登場するハラハラドキドキの楽しい小説でもあります。
秋の夜長、虫の声でも聞きながら、『僕たちのアラル』を手にとって人類の未来に思いを馳せてみてはいかがでしょうか!
★池内さんの朗読レビューも併せてお楽しみください。