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レビュー

春の神話に続く、夏の神話――『四畳半タイムマシンブルース』著:森見登美彦 原案:上田 誠 文庫巻末解説【解説:上田 誠】

気ままな連中が”昨日”を改変。世界の存続と、恋の行方は!?
『四畳半タイムマシンブルース』著:森見登美彦 原案:上田 誠

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

四畳半タイムマシンブルース』著:森見登美彦 原案:上田 誠



『四畳半タイムマシンブルース』文庫巻末解説

解説
うえ まこと(劇作家・演出家)  

 春の神話に続く、夏の神話である。
 蟬はけたたましく蒸し暑く、盆地の熱だまりのようなアパートにわざわざ集まって撮らなくてもいいような映画を撮り、挙句クーラーのリモコンを壊してしまった腐れ大学生どもの夏の神話だ。
 ただでさえ暑苦しいのにタイムマシンによって事態はもつれ、因果の糸が絡みに絡んでタコ足配線のように熱を持っている。昨日と今日をまたいで物語は狭苦しく加熱進行し、宇宙の崩壊を前にじっとりと汗をかき、明石さんを追いかける自分を追いかける小津を追いかけ、リモコンは百年を超える時をまたぐ。すべての辻褄が出来レースのように繫がりあったはてに、起源の分からぬデートの誘いは見えざる手で明石さんと私の背中をぬっと押す。
 そんな暑苦しく生暖かく、そしてなんだか都合のいい神話である。ゴッドブレスが吹いている鴨川の夕暮れは涼やかだ。

 これの前作にあたる、春の神話は「四畳半神話大系」。
 桜舞う季節に薔薇色のキャンパスライフを求めてサークルを選び取り、しかし唾棄すべき悪友・小津によって台無しにされてしまう二年間が、繰り返し語られる神話だ。
 書かれたのは、夏の神話の十五年前。同じく京都に暮らす腐れ大学生の生態が、神話にしては生々しく記されており、それは作者である森見さんの大学時代にルーツをどうやら持つ。
 同じころ京都で大学時代を腐れつつ過ごした僕としては、読んで他人ごとではないようなシンパシーをくすぐられ悶えていたら、2010年、テレビアニメ化に際しての脚本を書かせてもらえることになった。
 僕と森見さんの表立った初仕事はそれで、以来、アニメ映画「夜は短し歩けよ乙女」「ペンギン・ハイウェイ」の脚本、そして舞台「夜は短し歩けよ乙女」の脚本・演出と、森見さんの原作を預かっては、都度その筆の走りっぷり暴れっぷりに翻弄されながら、脚本という形にどうにか語り直させてもらってきた。

 森見さんの奔放な筆ぶりを前に途方に暮れるのは楽しく、僕にとっては人生の愉しみと言ってもよく、このまま専属の脚本家にでもなれたら余生は安泰ですなあ、お供しまっせ、などと唾棄すべき悪友のようなことを考えていたら、あるとき森見さんから思わぬ打診をいただいた。
 春の神話の続きを書くにあたり、僕の舞台作品「サマータイムマシン・ブルース」を下敷きにして、その筋立ての中で四畳半の面々を暴れさせたい、と。驚くべき奇策であり、悪魔のようなアイデアであった。光栄でありつつも慄いた。自主的な二次創作。動作するかも怪しい魔改造。作者に怒られないですかとよぎるも、言い出したのは当の作者であった。

「サマータイムマシン・ブルース」は、僕がやっているヨーロッパ企画という劇団の代表作で、2001年の夏に京都で初演したもの。当時はまだ大学生だった僕らの、演劇サークルのクラブボックスでの日々や、等身大のあれこれが投影されている。
 SF研究会とは名ばかりの、腐れた大学生どもが集う部室に、ある夏の日タイムマシンが現れ、隣のカメラクラブの面々も交えて、壊れる前のクーラーのリモコンを求め「昨日」へと時間小旅行をする。それがやがて論理的矛盾を引き起こし、面々は整合性をとるため、キャンパスを銭湯を、昨日と今日を奔走する。へぼ野球、ヴィダルサスーン、薬局のマスコット、恋と映画。当時の僕らを取り巻く、ささやかでカラフルなものたちだ。

 時間ファンであるところの僕が思う「サマータイムマシン・ブルース」の醍醐味は、「群像劇としてのタイムマシンもの」であること。
 映画や小説だと普通、タイムマシンものは一人称的に描かれる。主人公がタイムマシンのレバーを引くと、目の前の時空は歪み、過去あるいは未来の景色がそこに現れる。カメラは主人公に付いていき、一人語りによる冒険譚として時間旅行が進んでいく。
 舞台ではここを逆手にとり、複数の登場人物たちがタイムマシンで時をかけ、カメラはいちいち彼らに付いていかない「客観視点によるタイムマシンもの」を目指した。タイムマシンが現れた部室という水槽を覗き見るようなイメージ。あるいはタイムマシンを中心に据えたドリフ。目論見はなかなかうまくいき、有象無象がわあわあと入り乱れ、消えては現れ、マシンの使用回数がおびただしい、たいへんわちゃわちゃした印象のSF群像コメディとなった。
 森見さんはこれを、賑やかな印象はそのままに、あのキャラクターたちの濃さでもって、四畳半神話の一人称的語り口へと落とし込みたいという。

「小説にすると、あのわちゃわちゃした感じがなかなか出ないんですよね」という弱音を、執筆中の森見さんから何度か聞いた。やはり舞台と小説は違うものなのか、という所感と、なんだかすいません、というすまなさと、発案者はあなただ、という感想を持ちながら、まあ特に何か手助けができるでもなく、出来上がりを楽しみに待った。
 そもそもキャラクターの数が足りなかったそうで、ただでさえ窮屈なプロットを人数を絞ってやりくりする羽目になったという、森見さんの苦労を偲びながら、「今まさにあのキャラクターたちが、しち面倒くさいプロットの上で踊っているのだ」と想像すると、無責任にも胸が躍った。いつもの脚本化の作業とは、プロセスも立場もちょうど逆であった。

 そうして禁断の実験のようにぐつぐつと書かれた夏の神話「四畳半タイムマシンブルース」には、青春を盆地鍋で煮しめたような法外なカロリーと、神様の涼やかな気配が同時に満ちていた。
 物語は確かにかつて自分がうっすら考えた気もするが、まごうかたなき森見さんの小説であり、懐かしくも新しい四畳半神話の新章であった。
 熱気とやかましさは舞台にもまして凄絶で、映画「幕末軟弱者列伝」の不毛さは筆舌に尽くしがたく、宇宙の黄昏の気配はぞっと冷たく、中華料理屋での打ち上げは参加したく、スリルもアクションもひとしおで、京福電鉄研究会についての不必要な饒舌は「これこれ」と嬉しかった。
 わけても明石さんと私のやり取りには、感情のインクが森見さんのペン先からだだ漏れているようで、その筆の進む先々であられもない感情にさせられたあと、最後の一行で放り出された僕はまだ夏のままだ。森見さんが舞台を小説に語り直すとこんな巨大感情青春空想絵巻が生まれるのだ。

 そんなわけで、解説になっているかは分からないけど、僕は望外の体験をさせてもらった。
 かつて愛したふてぶてしい面々が、なんだか懐かしいような物語の中を新しく生きていた。それは摩訶不思議な夏の神話体験であった。
 因果の糸は複雑に絡んでおり、それから僕は「四畳半タイムマシンブルース」のアニメ版の脚本を書き、今はこうして文庫の解説を書いている。まなぶさんが言うところの「フィクション永久機関」に閉じ込められた数奇な脚本家の話を、今度は森見さんが怪奇小説にしてくれるだろう。そのときは脚本を書かせてください。

作品紹介・あらすじ
『四畳半タイムマシンブルース』



四畳半タイムマシンブルース
著者:森見登美彦 原案:上田誠
定価: 704円(本体640円+税)
発売日:2022年06月10日

気ままな連中が”昨日”を改変。世界の存続と、恋の行方は!?
8月12日、クーラーのリモコンが壊れて絶望していた「私」の目の前にタイムマシンが現れた。後輩の明石さんたちと涼しさを取り戻す計画を立て、悪友どもを昨日へ送り出したところでふと気づく。過去を改変したら、この世界は消滅してしまうのでは……!? 辻褄合わせに奔走する彼らは宇宙を救えるのか。そして「私」のひそかな恋の行方は。
小説『四畳半神話大系』と舞台「サマータイムマシン・ブルース」の奇跡のコラボが実現!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000430/
amazonページはこちら


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