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レビュー

金田一の本領が発揮され、読者は快い敗北感を味わうことになる――横溝正史『華やかな野獣』文庫巻末解説

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
横溝正史『華やかな野獣』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

横溝正史『華やかな野獣



横溝正史『華やかな野獣』文庫巻末解説

解説
中島河太郎

 金田一耕助の名に三十年もんでいると、ますます実在の人物のように思えてくる。彼の伝記作者であり、事件簿記録者である著者の紹介されたものから、材料を拾い集めたら、金田一の年譜ないし事件目録ができるのではないかと、手をつけてみた。
 まとめたものをある雑誌に載せたが、穿せんさくすると長年にわたって書かれたため不都合な点が出てくる。探偵小説の愛好者のなかには、こういう余計なことに気を廻して、たのしんでいるものもいるのだと、軽く聞き流して欲しい。
 金田一耕助がはじめて紹介されたのは「本陣殺人事件」によってである。昭和十二年の事件で、当時二十五、六歳の青年とある。彼が戦地から復員して、その兵隊姿のままで、戦友から託された謎を解いたのが二十一年で、「年のころ三十五、六、小柄で貧相な男」と描写されている。
 このあいまいな年齢は「贋作楢山節考」ではっきりした。「かれは私より十一歳年少である」とあるから、著者は明治三十五年(一九〇二)生まれ、従って金田一は大正二年(一九一三)生まれと確定する。
 本書には金田一の関与した三つの事件が収められているが、「華やかな野獣」は昭和三十一年十二月号の「おもしろ」に発表されたものである。これは昭和二十九年の秋、父親が死んだので、娘が本牧の臨海荘を相続したとあるので、三十一年の事件と推定される。ところが彼女の主催するれんパーティの席に、金田一はボーイとして雇われて探りを入れるのだが、その年齢とし勘定からすればこのとき四十三歳になるのだから、いくら小柄とはいえ、とうがたちすぎてボーイとしては通用しそうもない。
 こういう理詰めの考え方にとらわれず、年齢に超越して名探偵ぶりを見せてもらえれば、それで実は満足なのである。金田一探偵を守る会があるくらいだから、金田一も伝記作者も一千万部の読者に注目されて、今後何かとうるさくなりそうで、同情に耐えない。
 題名の「華やかな野獣」とは、この物語のヒロインで、しかも被害者という凶運に見舞われる女性の修飾語であった。すばらしい美貌に恵まれた上、貿易会社を経営する敏腕家、おまけに破廉恥パーティの主宰者でもある。
 機略に富み、胆力がすわっていて、しかもいんとうせんじようてきで挑発的だというのだから、「華やかな野獣」という形容はぴったりだった。その彼女が享楽のため、男と連れだって部屋にこもったのだが、発見されたときはすべての活動を停止していた。
 その死体の様相がにおちないし、絞殺と刺殺の二重手間をかけている。この奇怪な謎の勃発以前のムードに関しては、金田一がボーイにふんして、注意万端怠りなかったはずである。その目の下をかいくぐっての犯行であり、しよかつ警察署側でも金田一とは初顔合わせだから、お手並拝見といった気味である。
 もろはだ脱ぎなのにスカートだけはいていたり、絞め殺されたあとで刺されたり、セーターも凶器も紛失したり、じゆうたんに血文字が書き残されているなど、つぎつぎに奇妙な事実が発見されて、まずは五里霧中であった。
 パーティ参加者や関係者の聴取が開始されると、ぜん金田一の質問がえてくる。さすがの警察側も次第に彼のことばに耳を傾けはじめるが、第二の死体の存在を予測して、かれらのぎもをぬく。金田一の論理からいけば至極当然の帰結なのだが、一見突拍子もなく見える見解など、かれらの頭脳には入りこむ余地がないのである。
 もともとこの金田一が、ホテルのボーイに化けていたのがおかしいのだ。彼の魂胆が明かされて、単なる情痴の果ての犯行だと思われていたのが、新しい展開を示すのである。チグハグだらけの現象が、やがて説明されると、それらの必然性がりようかいされて、金田一のはいに徹する眼光に敬意を表せずにはおれない。
「暗闇の中の猫」は昭和三十一年六月、「オール小説」に発表された。著者が金田一に向かって、終戦後の東京ではじめて扱った事件はなにかと問うたとき、この二重殺人事件を思い出してくれた。これがきっかけで等々力警部とかんたんあいらすようになった記念すべき秘話もある。
 二重殺人事件の意味は、戦後一年ほどしての銀行強盗事件が尾を引いて、新らしい事件を起こしたことを指している。盗まれた紙幣はまだいんとくされていると思われるのに、生き残った強盗の片割れは記憶を喪失し、その捜索に役立たない。強盗が逃げこんだキャバレーが、その隠し場所ではないかという疑いから、私服は警戒し、さらに残った共犯者を改めて連れてきたら、なにか手掛りをつかめぬかというわらをもつかむ作戦に移る。突如、電燈が消えたその暗闇のなかで、彼は射たれて命中し間もなく息を引き取った。
 犯人のぎわのよさは、暗闇のなかで射ったにかかわらず、命中即死させた点でも容易にうかがえる。キャバレーの入口近くに店を出している大道易者に変装していたのが金田一であった。付けひげをむしりとられて窮地に陥ったとき、はじめて正体を明かす。すなわち銀行頭取から金の捜査を依頼されていたというのである。
 のちに無二の親友で協力者となる等々力警部も、それを明かされたたん、「えっ、あんたが私立探偵……?」と、あきれ顔を見せてしまったほどだ。
 それが眼前で、キャバレーのマダムの毒死事件が起こると、急転直下、事件の真相を知っていると明言する始末である。あいかわらず、ひようひようとして、しかもにこにこ笑いながら、こともなげに言ってのけたのだ。こんどの事件の焦点は、暗闇のなかでうまく被害者をげきしたこと、被害者が射たれる直前に、暗闇のなかから猫が狙っていると叫んだことである。
 犯人の巧妙なトリックもさることながら、それをかんした金田一のけいがんには、捜査陣もかぶとをぬぐほかはなかった。お陰で銀行強盗の謎、暗闇のなかの射殺、マダムの毒死と一連の事件の真相を、一挙に解決してみせる結末は爽快であった。「背の高い、ずんぐりとした男」と紹介された等々力警部は、これでいつぺんに彼の才能と人柄に魅せられてしまったのだ。
「睡れる花嫁」の事件は昭和二十七年十一月に起こったとある。七月の「幽霊座」事件、翌年の「三つ首塔」の物語にはさまっていることになる。
 金田一の事件簿のなかでも、きわだって陰惨である。いわくつきのアトリエから出た男を訊問した警官が刺し殺される事件が発端で、いまわしい死姦魔がちようりようする。前歴のある男が出所したあとでの事件勃発なので、続いて殺人の起こる可能性が当局を悩ますのだ。
 いやな予感が当たって、病院から死体が盗まれたが、手頃な死体がなければ、そのゆがんだ欲望を遂行するために殺人を犯しかねない。そして現に犠牲者が血祭にあげられた。
 犯人像はほとんど明確だといっていいのだが、金田一の人間性観察と心理分析が、微細な点まで行き届いていて、それが犯罪工作の真相を鋭く看破する。決して表面だけに惑わされぬ金田一の本領が発揮されて、読者は快い敗北感を味わうことになるのである。

作品紹介・あらすじ
横溝正史『華やかな野獣』



華やかな野獣
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年03月23日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
臨海荘の大ホールでは、大勢の男女が集うパーティが催されていた。
一夜限りの相手を物色する享楽的な宴が終わろうとした矢先、ベッドルームで死体が発見! 
被害者は美しい女主人で、左の乳房をえぐられていた。ボーイに変装し潜入していた金田一耕助は駆けつけた警官たちと取り調べを開始する。
だが、事件の裏には大規模な麻薬密売が複雑にからんでいて……。
表題作に「暗闇の中の猫」「睡れる花嫁」を加えた傑作本格推理。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000523/
amazonページはこちら


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