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レビュー

斉藤壮馬さん推薦! 動物と話せるお医者さんが巨大化? 絶体絶命の第8巻!――『新訳 ドリトル先生の月旅行』訳者あとがき

文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

新訳 ドリトル先生の月旅行』訳者あとがき

訳者あとがき
河合 祥一郎

 本書は、『ドリトル先生と月からの使い』に続く、シリーズの第八巻である。
 本書が書かれたのは一九二八年。旧ソ連の月探査機ルナ3号が初めて月の裏側を観測した三十一年前である。当時知られていなかった月の世界に自由に想像力を飛躍させて描かれたファンタジーであり、「月が地球からわかれた、何千年も前、ひょっとすると何百万年も前」(140ページ)といった記述をあえて「約四十六億年前に」などとしていないのは、サイエンス・フィクションの世界へ近づけまいとする作者の努力の表れかもしれない。
 多くの点で、本書は児童文学のファンタジーの系譜を意識して書かれていると言えそうだ。たとえば、月の世界へ行ったドリトル先生たちが巨人と出会うという筋は、イギリスのとぎばなし『ジャックと豆の木』で、ジャックが豆の木をのぼっていって雲の上で巨人と出会うのに似ており、巨人の持つ不穏な雰囲気はこの御伽噺に原点を持つとも考えられる。本書では、巨人の名前と素性が明らかになることで、こわい人ではないとわかってくるが、トミーをとつぜんつまみあげて蛾に乗せて地球に帰してしまうなど、何を考えているのかわからないところがある。トミーは巨人と出会い、そして地球にもどって巨人として扱われてしまうが、もともと巨人でなかった人間が巨人として扱われたり、あるいは自分よりはるかに大きな巨人に対して恐怖をいだいたりするストーリーは、ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』(一七二六年初版)に先例がある。
 こうしたことをどこまでロフティング自身が意識していたかはわからないものの、第十二章「おしゃれユリ」が、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』第二章「しゃべる花々のお庭」に登場するしゃべるユリを強く想起させることは否めない。『鏡の国のアリス』の該当部分を引用してみよう(河合祥一郎訳、角川文庫より)。

「オニユリさん!」アリスは、優雅に風にゆれているお花に話しかけました。「あなたがおしゃべりできたら!」
「できるわよ」と、オニユリが言いました。「ちゃんとした話し相手さえいればね。」
 アリスはおどろきのあまり、しばらくは口がきけませんでした。まったく息がつけなくなるくらいだったのです。オニユリはそのままゆれているだけだったので、ついにアリスはおずおずともう一度話しかけました──ほとんどささやくように。「お花って、みんな話せるの?」
「あなたと同じようにね」とオニユリが言いました。「しかも、もっと大きな声で。」
「わたしたちのほうから話しかけるのは失礼でしょ」とバラが言いました。「だから、いつ話しかけてくれるかなあって思ってたのよ。わたし、自分にこう言ってたの。『まあ、かしこそうな顔した子じゃないけど、まともな顔ではあるな!』って。でも、あんたの色はちゃんとしているから、それはたいしたもんよ。」「オニユリさん!」アリスは、優雅に風にゆれているお花に話しかけました。「あなたがおしゃべりできたら!」
「できるわよ」と、オニユリが言いました。「ちゃんとした話し相手さえいればね。」
 アリスはおどろきのあまり、しばらくは口がきけませんでした。まったく息がつけなくなるくらいだったのです。オニユリはそのままゆれているだけだったので、ついにアリスはおずおずともう一度話しかけました──ほとんどささやくように。「お花って、みんな話せるの?」
「あなたと同じようにね」とオニユリが言いました。「しかも、もっと大きな声で。」
「わたしたちのほうから話しかけるのは失礼でしょ」とバラが言いました。「だから、いつ話しかけてくれるかなあって思ってたのよ。わたし、自分にこう言ってたの。『まあ、かしこそうな顔した子じゃないけど、まともな顔ではあるな!』って。でも、あんたの色はちゃんとしているから、それはたいしたもんよ。」

 オニユリのほうから話しかけてこないところも、月の世界の動植物たちが先生に話しかけてこないという本書の筋と似ている。『鏡の国のアリス』(初版一八七一年)は、本書より半世紀前に書かれた作品であり、ロフティングも子ども時代に親しんでいたであろう。イギリスの小説家サー・ヒュー・ウォルポールは、ロフティングをルイス・キャロルの真の後継者であるとたたえているが、こうした点を踏まえての称賛なのかもしれない。
 ちなみに今引用した──

「あなたがおしゃべりできたらいいのに!」
 「できるわよ」と、オニユリが言いました。

──のくだりは、C・S・ルイスが「ナルニア国物語」第五巻『馬とその少年』(一九五四年初版)で次のようにアレンジしている。

口をきけたらいいのにな。」
 そのときだ。シャスタは夢を見ているのかと思った。とてもはっきりと低い声で、馬がこう言ったからである。
「口はきけますよ。」

「ナルニア国物語」シリーズでは、ナルニアのかしこい動物たちは人間のことばを話せるという設定になっているが、「ドリトル先生」シリーズでは、ドリトル先生が動物や植物のことばを理解して話せるようになるというところが根本的に異なっている。いや、さらに言えば、他のすべてのファンタジー小説では動植物が人間のことばを語りだすのに対して、「ドリトル先生」シリーズでは、ドリトル先生が研究の末に動植物のことばを理解するようになるという点こそが「ドリトル先生」シリーズの最大の特徴なのだと明言しておくべきだろう。その点で、「ドリトル先生」シリーズはファンタジーよりもサイエンス・フィクションに近い。だからこそロフティングは、本作のファンタジー性をあえて保持しようと努めたのかもしれない。
 ナーサリー・ライムでも歌われる「月の男(the man in the moon)」は、中世からルネサンスにかけて英国に定着したイメージであり、シェイクスピアの先輩劇作家ジョン・リリーの劇『エンディミオン──月の男』(一五九一年初版)の副題ともなった月の男と、ついにドリトル先生は対面する仕儀となる。シェイクスピアの仲間の劇作家ベン・ジョンソンの宮廷仮面劇『月で発見された新世界の知らせ』(一六四一年初版)では、月へ真実を探しに行ってもどってきた詩人が、月では男も女も同じかつこうをしているなどと月世界の人間のようすを語るが、そうした伝統にのつとった「こうとうけいの想像の月世界」がくりひろげられていると言ってよいだろう。
 作者ヒュー・ロフティングは、ドリトル先生を月の世界へ飛ばしてしまって、そこでこのシリーズを打ち切りにしようと考えていた。本書は、シリーズ最終巻となる運命にあったわけである。
 なぜロフティングは、本書で打ち切りにしようとしたのだろうか。
 その経緯を知るために、ここで作者の生涯について少し語っておくことにしよう。


新訳 ドリトル先生の月旅行
著者 ヒュー・ロフティング 訳 河合 祥一郎


 ヒュー・ジョン・ロフティングは、一八八六年一月十四日に、英国バークシャー、メイデンヘッドに生まれた。イングランド人の父ジョン・ブライアン・ロフティングと、アイルランド人の母エリザベス・アグネス(旧姓ギャノン)とのあいだの六人の子どものひとりであり、小さいころから動物や昆虫が大好きで、母親がリネンを収納する戸棚に小さな「動物園」を作って、家族のためにお話をつくっていたという。
 高校を卒業したのち土木技師になろうと渡米し、マサチューセッツ工科大学に入学して一年勉強し、ロンドン・ポリテクニックを卒業後、カナダ、西アフリカ、キューバなどで測量や鉄道建設などの仕事に携わった。
 一九一二年にふたたび渡米し、結婚した。妻フローラ・スモールとニューヨークに住み、新聞や雑誌に大人むきの小説の投稿をはじめた。一九一三年に長女エリザベス・メアリが誕生し、一九一五年に長男コリン・マクマホンが誕生した。この子どもたちのために「ドリトル先生」シリーズは生まれることになる。
 第一次世界大戦中はニューヨークにとどまって英国情報省の仕事を請け負っていたが、一九一六年にアイリッシュ・ガーズ連隊中尉として西部戦線に赴いた。
 そこで傷ついた軍用馬が手当てもされず殺されてしまうのを見て心を痛め、動物と話ができる医者の物語を考えて、自分の幼い子どもたちへ書き送ったのである。子どもたちはこのお話がすっかり気に入り、丸鼻でぽっちゃりした息子コリンは、ドリトル先生と呼ばれるようになった。
 一九一八年、しゆりゆうだんの破片がももに刺さって重傷を負ったロフティングは入院し、翌年、家族とともにニューヨークへ戻ろうと大西洋を渡る客船で、詩人で小説家のセシル・ロバーツと出会った。ロバーツは、ロフティングが夕方六時ごろになると「おやすみのお話をドリトル先生にしに行く」と言って去っていくのをふしぎに思い、そのわけをたずねた。すると、ロフティングは、事情を説明し、「ドリトル先生」というあだ名の息子を紹介し、物語の原稿を見せた。その内容に感銘を受けたロバーツは、ぜひ出版すべきだと言って、出版者ストークスを紹介し、こうして一九二〇年に『ドリトル先生アフリカへ行く』が刊行されることになった。英米の読者からの反応はすばらしいもので、一九二二年に『ドリトル先生航海記』を刊行、トミー・スタビンズを登場させた。翌年、全米で最も優れた児童文学作品に与えられるニューベリー賞を受賞したのである。
 それから一年ごとに『郵便局』、『サーカス』、『動物園』、『キャラバン』、『月からの使い』、『月旅行』と刊行がつづく。
 ところが、一九二七年に妻フローラが死亡してしまう。翌年、再婚するのだが、二度目の妻キャサリンも一九二八年にインフルエンザにかかって死んでしまい、ロフティングはすっかり気を落としてしまう。
 こうして本書『月旅行』を出版した一九二八年に、シリーズを打ち切ろうと考えたのである。
 しかし、物語のつづきを求める読者の声は強く、五年後の一九三三年に続編『ドリトル先生月から帰る』で、ドリトル先生は帰ってくる。前年の一九三二年に、シリーズ番外編『ドリトル先生のガブガブの本』を出した時点で、執筆意欲は復活していたのだろう。
 さらに、一九三五年に三度めの結婚をして、妻ジョセフィーンとのあいだに息子クリストファー・クレメントをもうける。その後体調を崩しながらも、本当のシリーズ最終巻として『秘密の湖』をクリストファーのために執筆し、一九四七年九月二十六日没した。妻ジョセフィーンが妹のオルガ・フリッカーとともに遺稿をまとめて『緑のカナリア』(一九五〇)と『最後の冒険』(一九五二)として刊行し、その全シリーズが完結したのである。
 ドリトル先生が月のかなたに消えたままにならなかったことを多くの読者とともによろこびたい。

作品紹介



新訳 ドリトル先生の月旅行
著者 ヒュー・ロフティング 訳 河合 祥一郎
定価: 726円(本体660円+税)

斉藤壮馬氏推薦! 動物と話せるお医者さんが巨大化? 絶体絶命の第8巻!
はじめての方も、おかえりなさいの方も。ドリトル先生との旅へ、一緒に出かけましょう!――斉藤壮馬(声優)さん推薦!

動物と話せるお医者さんが巨大化? 絶体絶命の第8巻!
新訳&挿絵付
装画・挿絵:ももろ


●あらすじ
何者かに呼ばれ、ついに月までやってきた先生は、オウムのポリネシア、サルのチーチー、トミー少年と調査に乗り出す。行く先々で出会うのはとんでもなく大きな動植物たち――巨大カブト虫や巨大コウノトリ、そして不気味な巨人の足跡。みんな、なぜかこそこそ隠れてこちらを見張っています。先生を呼んだのはいったい誰? やがて先生たちまで巨大化して…!? 絶体絶命×史上最大のピンチが訪れる、名作新訳シリーズ第8巻!


●新訳のここがポイント!

「ドリトル先生」といえば、先行の井伏鱒二訳(岩波文庫)を思いうかべる方も多いかと思いますが、あちらは1951~79年にかけて出版されたもので、時代の制約もあったせいか、原文どおりに訳されていないところも多くあります。ですが、本作ではそうした点をすべて改めています。

・ダブダブが焼くおやつが先行訳では「パン」だが、正しくはイングリッシュ・マフィンであるため、新訳では「マフィン」に。
・ガブガブの好物は先行訳では「オランダボウフウ」だが、正しくは「アメリカボウフウ」。新訳ではこれを英文そのままの「パースニップ」に。
・世にもめずらしい動物pushmi-pullyu(頭が二つある動物)は、先行訳では「オシツオサレツ」だが、新訳では「ボクコチキミアチ」に。

などなど、イギリスの文化背景を知っていないと正しく訳せないくだりが今の日本語で美しく訳されています。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000746/
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