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レビュー

30年前、特別な体験をした秘密の場所で。少女たちのかけがえのない夏――『つながりの蔵』 椰月美智子著 文庫巻末解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

つながりの蔵』 椰月美智子著 文庫巻末解説

解説
かねはら みずひと(翻訳家・法政大学教授)

『とれたて!ベストセレクション 12歳からの読書案内』(二〇〇九年出版)というブックガイドで、ヤングアダルト作家のながさきなつが『しずかな日々』を取り上げて、次のように書いていた。

 なにもかもはじめての目で見つめた時、日常はこんなにも輝いているのだ。当たり前だと慣れきって見逃していたその輝きを作者はていねいに描いてくれた。

 づきという名前を目にしたのは、このときが初めてだった。この紹介文にひかれて早速読んでみた。なにより文章がいい。読みだしてしばらくすると、作品がすっとそばに寄ってきた。物語のなかに引きずりこまれるのではなく、読者として、作者と物語の空間を共有している感覚を味わっているといった感じだ。小説に夢中な自分を、自分がながめている感覚を味わえるような気がした。それが独特のリアリティを生んでいる。
 たとえば『体育座りで、空を見上げて』も同じだった。この作品は八〇年代後半を舞台に、まったく目立たない女の子の三年間の中学校生活が描かれているのだが、まさに当時の女子中学生がふっと目の前に現れたかのような錯覚さえおぼえる。それと同時に、それをくすぐったいようなリアリティとして受け止める自分がいた。
 二重の視点とでもいえばいいのだろうか。文体の魅力といってもいいのだが、そういってしまうと、なんとなく違うような気がする。
『つながりの蔵』でも、こんな文章を読むと、ふと微笑んでしまう。

 曇りや小雨の日が続くと思っていたら、どうやら梅雨入りしていたらしい。季節って、誰に言われるでもなく、きちんと役割を果たすのだなあと、切り取り線のような雨を見ながら思う。
「遼子さん。江里口遼子さん」
 おいっ、と柊介に腕を叩かれて、我に返る。浅野先生が教壇からこっちを見ていた。

「切り取り線のような雨」といわれて、いいだなと思う自分がいて、だけどこの子は五年生なのにと思う自分がいる。
 次の部分もそうだ。

 突然、すさまじいほどの明るい光が降り注ぎ、わたしは思わず目をつぶった。まぶしくて目を開けていられない。いったいなにが起こっているのだろう。身体の内側が徐々にあたたかくなっていく。そのうちに、身体がふわっと軽くなった。自分の輪郭が空気に溶け出して、肉体の形がなくなっていくような不思議な感じだ。

つながりの蔵
著者 椰月 美智子
定価: 660円(本体600円+税)


 いうまでもなく小学五年生の言葉ではない。
 主人公のりようは小学五年生……なのだが、この作品は、小学六年生の双子の姉弟きようだいを持つ母親、遼子の日常から始まる。二十歳のときに三歳上の恋人を事故で亡くし、「朝目覚めるごとに、自分が少しずつ死んでいくのがわかった」ような毎日を三年間続け、その後、ふたたび恋をして、子どもを授かり、四十代になった遼子が、小学校の同窓会の知らせを受ける。そして五年生のときの出来事を振り返る。
 つまり遼子が回想する過去の物語なのだ。そしていったん過去の世界が始まると、そこには五年生の遼子がいて空をながめている。目を閉じてもいろんな色がみえる。「わあ、なんて不思議なんだろう。なんで赤色? 空をずっと見てたから?」などと考えていると、「ぐち遼子さん。どうかしましたか」と先生に名前を呼ばれる。
 読者は遼子といっしょに五年生の教室に座っている。そして目をさまして、親友のおんと話をしたり、クラスメイトとの仲たがいを経験したりするのだが、ときどき、四十代の遼子の思いが、四十代の遼子の言葉で入ってくる。幼い女の子の気持ちが幼いまま描かれながら、そこに、重い体験から立ち直って同じくらいの年の子どもを持っている母親の気持ちや感情がちらっと顔を出す。しかし読者によって違うかもしれないが、おもしろいことに、大人の遼子が過去の自分をながめている感じではない。幼い遼子が未来の自分の目を通して自分をながめているような感じなのだ。この作品の最も特徴的な魅力はそこにあるような気がする。
 また、そんな文体でここに語られる物語がじつに豊かだ。
 生まれたときから体が弱く五歳で亡くなった弟、の三回忌を前に落ちこむ美音。パーキンソン病で体が自由にならず、さらに認知症の症状も出てきた祖母との関係で悩む遼子。そのふたりの前に現れた、どことなく不思議な少女、よつ。四葉の家は「幽霊屋敷」とも呼ばれている古く大きな屋敷で、ほかにそう、祖母、母が暮らしているが、男はいない。男は早死にの家系だという。
 この三人が出会ったとき、ストーリーが大きく動きだす。そして、この作品のタイトルにもなっている「蔵」の場面に続く。

 蔵の白壁は、雨に濡れてあざやかに際立っていた。妙に生々しくて、この蔵だけが別世界から運び込まれたもののようだった。

 蔵の中での出来事は、ある意味ファンタスティックなのだが、その直前に置かれた、四葉の曾祖母の歌う御詠歌、「地蔵さん」が格好のスプリングボードとなって、読者は難なくその世界に放りこまれる。そのあとは説明するまでもないだろう。エンディングまで一気に持っていくところは見事というしかない。
「そうか、死んじゃったんだ。悲しいね」という美音、「ただただ悲しかった」という子どもの遼子。そういった子どもならではの「悲しさ」を思い出しながら、その後を生きてきた遼子が、それらをあらためて自分の「悲しさ」として受け止めていくところが素晴らしい。
 作家、椰月美智子の最も魅力的な部分が無理なくやわらかい形になっているだけでなく、ささやかな決意のようなものがしっかり感じられる作品だと思う。

作品紹介



つながりの蔵
著者 椰月 美智子
定価: 660円(本体600円+税)

30年前、特別な体験をした――秘密の場所で。少女たちのかけがえのない夏
小学5年生だったあの夏、幽霊屋敷と噂される屋敷には、庭園に隠居部屋や縁側、裏には祠、そして古い蔵があった。初恋に友情にファッションに忙しい少女たちは、それぞれに“哀しみ”を秘めていて――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000413/
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