menu
menu

レビュー

厳しい検閲の時代。それでも若き従軍作家は、書かずにはいられなかった。火野葦平『麦と兵隊・土と兵隊』【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『麦と兵隊・土と兵隊』文庫巻末解説

解説
ぶちのりつぐ  

『麦と兵隊』は、はじめ雑誌『改造』一九三八年八月号に発表され、同年九月に改造社から単行本として刊行された。あしへいたまかつのりちようが日本陸軍中派遣軍の報道部員という立場で、一九三八年五月のじよしゆう作戦に従軍した際の記録をもとにした作である。『土と兵隊』は、一九三八年一一月号の『ぶんげいしゆんじゆう』に発表、その翌月には同じ改造社から単行本化されている。こちらは、一九三七年九月に召集された火野が、陸軍第一八師団歩兵第一一四れんたい第二大隊第七中隊第一小隊第二分隊長として、中国・上海シヤンハイ北方のこうしゆう湾での上陸作戦に参加した際の体験にもとづいている。本書の巻末に収録した『麦と兵隊』『土と兵隊』単行本の「前書」でも紹介されているように、この二作は、火野が一九三七年一二月から翌年にかけて駐屯した杭州を舞台とする小説『花と兵隊』と合わせ、「我が戦記」三部作として構想されたものである(執筆順は『麦』『土』『花』だが、作中の時間で言えば『土』『花』『麦』の順番になる)。この三作は「兵隊三部作」とも称され、日中戦争期を代表するベストセラーとして、大きなセンセーションを巻き起こした。作家のあさふかしは、当時の改造社の編集者から、三作合計で三〇〇万部以上発行されたという話を聞いている。
 いま改めて『麦と兵隊』『土と兵隊』を考える際に重要なのは、この二作が、まさに現在進行形の戦争を描いた戦争文学だった、という事実である。日本の近代文学にとっても戦争は大事なモチーフとしてあったが、ほとんどの場合それは、対象となる戦争が終わった後で書かれた、いわば「戦後」の文学だった。その意味で、日本軍が中国大陸で戦闘を続ける最中に書かれ、読まれた戦争文学という特質は、この二作がたどった道のりに決定的な影を落とすことになった。
 そのことは第一に、作者・火野葦平のペンを縛る制約となってあらわれた。本書の「あとがき」で火野自身が詳しく説明しているように、日中戦争当時の日本国家は、戦争や戦場にかかる表現に関して、かなり厳格な検閲のシステムを作り上げていた。だから、『麦と兵隊』『土と兵隊』に描かれたのは、基本的に当時の軍や政府が「ここまでは書いてもよい」と認めた内容を出ていない。かいこうたけしは、長篇評論『紙の中の戦争』の中で、「戦争は政治の延長だが、だから日常の延長なのでもあ」るので、戦場の恐ろしさとは、そこで人間の「かくされた本質」が露わになるというよりは、ふつうの人間がそのまま「殺人鬼」となってしまうことにある、と述べている。その点で言えば、『麦と兵隊』『土と兵隊』には、南京作戦に参加した兵士に取材し、発売禁止処分を受けたいしかわたつぞう『生きている兵隊』(一九三八年)が活写してしまった、戦場で「鬼」と化した兵士たちの姿は見られない。彼らはみな快活で、よく笑い、祖国を思いつつも行軍に疲れ切って弱音を吐き、暇を見つけては眠りをむさぼり、中国の大地にだつぷんする、等身大の英雄として描かれている。
 それだけではない。やはり「あとがき」で火野が述べているように、『麦と兵隊』『土と兵隊』は、彼のあずかり知らぬところで表現が調整された形跡がある。『麦と兵隊』について火野は二七箇所の削除訂正がなされたとしているが、徐州作戦当時の従軍ちようや原稿の類は見つかっていないので、彼の発言の真偽は確定できない。しかし、火野からすれば「兵隊三部作」は、自分の作でありながら、その言葉に責任を持ちきれない作品ではなかったか。例えば、さかぐちひろしえちぜんやひろしの研究は、『麦と兵隊』の初版本に書き込まれていた中国人捕虜・らいこくとうの殺害をうかがわせる記述が、検閲体制の強化を意識してか、第七刷以降で削除されたことを明らかにした(坂口『こうしよそうじん』、越前谷「火野葦平『麦と兵隊』論」)。本文「五月十一日」条の終わりの部分(57ページ)が、不自然に打ち切られたように見えるのはそのためだ。一方で、検閲をはばかって書かれなかった内容が、戦後になって書き足されたところもある。『麦と兵隊』の最終シーン、「町外れの広い麦畑」で三人の中国人捕虜が斬首されるせいさんな描写は、戦後に補筆された部分である(160ページ)。『土と兵隊』一一月一三日の記述、火野の分隊が中国軍のトーチカを攻略したあとで、三六人もの捕虜が殺され、火野自身も一人の捕虜の生命を奪ったと書かれた場面(269−270ページ)も同様だ。このような本文をめぐるドラマからは、火野がこの二作について抱え込んだ複雑なかつとうが伝わってくる。
 しかし、その一方で軍は、「兵隊作家」火野葦平のプロデューサーであり、後ろ盾でもあった。『麦と兵隊』以前の火野は、『ふん尿にようたん』であくたがわしようを受賞したばかりの、ほとんど無名の新進作家でしかなかった。火野の受賞自体、戦争をビジネスチャンスととらえた文藝春秋社の戦略が透けて見えるが、「戦場の文学者」という作られたイメージに目を付けた陸軍は、火野を報道部にばつてき、第九師団(師団長=よしずみりようすけ中将)の作戦行動に随従させた。『麦と兵隊』のクライマックスであるそんでの激戦は、当時の新聞が「芥川賞の火野伍長 奮戦・消息絶ゆ」(『東京朝日新聞』一九三八年五月一九日)と報じた戦闘にもとづくものだ。つまり、同時代の読者にとって、火野がその場所で死線をくぐり抜けていたことは周知の事実だったのである。皮肉な言い方をすれば、「兵隊作家」火野葦平とは、軍とメディアと読者とが見守る中で誕生したスターでもあった。
 それでも火野は、自らに向けられた期待に精一杯の力で応えてみせた。巻末に掲げた『麦と兵隊』『土と兵隊』刊行時の「前書」で火野は、この二作は「小説」ではなく、「現在、戦場の中に置かれている一人の兵隊の直接の経験の記録」と述べているが、これは明らかにメディアと読者を意識したポーズである。例えば、徐州作戦時に火野に同行したカメラマンは、自分が撮影した写真が『麦と兵隊』のエピソードに転用された、と証言している。本書の「あとがき」で火野は「文学的処理」を施したと書いたが、彼は「戦場のリアル」「兵士たちのリアル」を表現するためなら、大胆な脚色や演出もいとわなかった。
 だが、このことはむしろ、火野葦平の作家としての力を物語る逸話として評価すべきなのだろう。事実、火野が書きつけた言葉は、同時代の多くの人々の心を動かした。『麦と兵隊』は、作中でたかはし少佐が述べた「戦線に於けるこういう地味な部隊の苦労を是非書いて欲しいな」という言葉をなぞるように、直接戦闘には参加しない工兵隊や通信隊などの献身と、新聞やニュース映画では知り得ない兵士たちの日常を、家族や知人の消息を待ちわびていた銃後の読者に届ける作となった。『土と兵隊』には、こくな戦場を戦い抜くことで、父であり子であったふつうの男たちが、いかに強く、たくましく、立派な兵隊に成長していくかが書き込まれた。この二作の爆発的な人気を当て込んだ歌謡曲や浪曲、演劇やラジオドラマ、映画やモダンダンスなどが次々と作られ、「○○と兵隊」という言いまわしは日中戦争期の流行語となった。日本の軍や政府が、火野のブームを存分に利用したことは言うまでもない。戦場で困苦に耐える兵士たちの表象は、銃後の国民の日常を統制し、戦争に動員する決まり文句の中で大々的に用いられた。火野の作品は、日本側から見た日中戦争を描いたものとして、英語・中国語・朝鮮語・ロシア語・ドイツ語・イタリア語などへの翻訳も進められた。火野の文学的な成功は、日中戦争・アジア太平洋戦争時に行われた文学者の戦地派遣のモデルともなった。


麦と兵隊・土と兵隊
著者 火野 葦平
定価: 704円(本体640円+税)


 だが、『麦と兵隊』『土と兵隊』を、単なるプロパガンダ作品として片付けるべきではない。国家は戦争のために文学を利用したが、文学は国家が使いこなせるほど従順ではない。この文庫本を手に取った読者は、ぜひ、言葉に対する感度を高めて、二つの作品の細部に目を凝らして欲しい。そこに刻まれた文字の連なりが、不意に思わぬ表情を見せ始める瞬間に出会えるはずである。
 例えば、『麦と兵隊』には、ところどころに、そこが戦場であることを忘れさせるような描写が差しはさまれている。「五月十三日」の夜、まるで海のようだ、と形容された麦畑を抜けてたどり着いた川のほとりで、同行者と狭い自動車の中で野営する火野は、「美しい東洋の満月のさしこむ硝子ガラス張りの水族館のような箱の中」で、いつの間にか眠りに落ちていく。だが、そんな幻想的な光景をつくり出す中国の大地は、一方で、いかにもお粗末な日本の戦争を相対化し、戦うことの意味を問い質しているようにも見える。日本軍が向かう先々で、集落に取り残されたたちの「聞いていると、笑い出さないではいられない」、「豚と馬と牛と鶏と一緒にしたような声で、恰度びついて滑りの悪くなった釣瓶をみ上げるような」、何とも形容しがたい奇妙な鳴き声が、あたかも通奏低音のように響き続ける。孫圩の戦場では、激しい銃撃戦のさなか、「黄金色のめんどり」が、いったいこいつらは何をやっているのかという風情で火野たちの眼前を横切っていく姿が印象に残る。
 相対化の契機は他にもある。以前から議論の焦点となってきた『麦と兵隊』の最後の一文が重要なのは、捕虜殺害の現場を目にして「私は悪魔になってはいなかった」と胸をなでおろす火野の人間性がうかがえるからではない。戦場を生きてしまった身体はもはや尋常の人間ではないかも知れないという心の震えが、ひそかに刻まれてしまったことが重要なのだ。火野のその感覚は、「死の戦場から戦場へのわずかな休養の時間」に、「平穏な日に故国の職場で昼食後取交す談笑」のごとくに楽しげに会話する兵士たちの姿に、「逞しい不敵さ」だけでなく、「一種の不気味さ」を感じ取ってしまうありようとも通じている。『麦と兵隊』に比べ、物語としての構成が明確な『土と兵隊』には、こうした細部は多くない。それでも、銃火が降りそそぐごうの中や、泥にまみれた行軍の途中など、兵士たちが声を立てて笑いあう瞬間が、自分たちはなぜこんなことをさせられているのかと心と身体をきしませているまさにその一瞬だったことを見逃してはならない。
 流行と消費、翻訳、戦後の否定と再評価──。『麦と兵隊』『土と兵隊』は、近代日本の戦争文学の歴史を考える上で不可欠な証言者だと言ってよい。この二作をつぶさに読み直すことは、二〇世紀の総力戦の時代に、文学に何が期待されたか、文学は何をしてしまったのかを考えることを意味している。そして、この二作の言葉と向き合う中で、制約の中でも書き込まれてしまったことがらを読み抜く目と、書かれたことから書かれなかったことを想像する感性を鍛えることは、次なる戦争に抗うための、ささやかな、けれども大切な一歩につながっている。

作品紹介



麦と兵隊・土と兵隊
著者 火野 葦平
定価: 704円(本体640円+税)

火野葦平は、いかなるときも「人間」を書く。幻のベストセラーを復刊!
どんなに検閲がうるさく、制限がきびしかろうとも、書いておきたいものがあった――(あとがきより)
陸軍報道部員として日中戦争に従軍した著者が愛をもって描く兵隊と中国民衆。
果てしない麦畑を進軍、九死に一生を得た徐州作戦の経験を日記形式で綴る「麦と兵隊」、
杭州湾敵前上陸作戦に臨み、死と隣り合わせの日々を懸命に生きる兵隊の心情を弟への手紙形式で綴る「土と兵隊」の2作を収録。
戦場のリアルを限界まで追求し、書けなかった現実をも想像させる名作。

特別収録 浅田次郎「時代の贄 火野葦平の従軍手帖に寄せて」

https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000418/
amazonページはこちら


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2021年5月号

4月25日 発売

怪と幽

最新号
Vol.007

4月27日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

魂手形 三島屋変調百物語七之続

著者 宮部みゆき

2

六人の嘘つきな大学生

著者 浅倉秋成

3

ドキュメント

著者 湊かなえ

4

傷痕のメッセージ

著者 知念実希人

5

再生(仮)

著者 緒方恵美

6

怪と幽 vol.007 2021年5月

著者 京極夏彦 著者 有栖川有栖 著者 恒川光太郎 著者 山白朝子 著者 澤村伊智 著者 加門七海 著者 荒俣宏 著者 小松和彦 著者 諸星大二郎 著者 高橋葉介 著者 波津彬子 著者 押切蓮介 著者 東雅夫

2021年5月2日 - 年5月9日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP