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レビュー

世間からバッシングされた少年の、二転三転する心理ドラマ――小林由香『イノセンス』

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(評者:瀧井 朝世 / ライター)

 次から次へと謎を投入し、伏線とその回収をテンポよく用意して読者をひきつけるエンターテイナー、小林由香。新作『イノセンス』も読者を気持ちよく翻弄させながら、一人の青年の心の変化をじっくり描き出す。

 大学生の音海星吾は、現在一人暮らし、かつ友達ゼロ。交流があるといえば彼しか活動していない美術サークルの顧問の准教授、宇佐美と、コンビニエンスストアのバイト仲間くらい。彼がそこまで人を遠ざけているのには理由がある。十四歳の時、男三人に恐喝された星吾を助けようとした青年が、ナイフで刺され死亡する事件が起きたのだ。それだけなら星吾も被害者だが、彼は警察に通報せずにその場から逃げ出してしまい、それが報道されて世間からバッシングを受けたのだった。その後は学校でも白い目で見られ、バイト先にも苦情が寄せられて辞めざるを得なくなるなど、肩身の狭い思いをしてきた。

 故郷から離れた大学に進学した今も、周囲に過去が知られないかとびくびくしている。そんな折、アパートのベランダに「シネ」といくつも書かれた文庫本が投げ込まれ、身の危険を感じる出来事も連続して発生。さらに、かつての事件の加害者の一人が事故死したと分かり、何者かが星吾に対しても復讐を企てているのではないか、という疑念が深まる。その一方、大学でもバイト先でも一緒となった陽気な青年、吉田光輝や、出会いの印象は互いに最悪だった女子学生、黒川紗椰と少しずつ言葉を交わすように。

 すべてに絶望していたが、実際に何者かに命を狙われていると感じて恐怖を抱く星吾の反応は非常に素直なものだろう。人は、絶望しながら生き続けることは難しいのだ。確かに、彼が警察に通報していれば青年は死ななかったかもしれない。それを悔いる気持ちは分かる。だが、当時十四歳の少年が、過剰に世間から叩かれる様子には同情の余地があるのではないか――そんなふうに、自分なら彼を許せるかどうか考えるうち、ふと、自分が彼をジャッジする立場にあるのか、という疑問が浮かぶ。感情に任せてジャッジする心が、時に人を傷つけるのだと気づかされるのだ。と同時に、もしも自分が星吾だったら、その後の人生をどう生きるかということも考える。過剰に責められるのは理不尽だが、自分で自分を責める気持ちは消えないだろうとなると、やはり彼のように頑なな態度で生きていくのではないか。彼と同じような出会いがあった時、どう行動するのが正解なのか。彼と同様、こちらの感情も揺れっ放しだ。

 緊張感を維持した心理ドラマとして読ませつつ、星吾を襲う謎の人物、かつての加害者の不審な死、いわくありげな周囲の人間などの謎が少しずつ蓄積し、終盤にはそれらが一気に繋がり、さらに二転三転していく。偶然に思えたものが必然で、黒だと思ったものが白だったといった類のひっくり返し方がいつも通りの鮮やかさ。そして一番「やられた」と感じたのが、本作のテーマを「過去の罪」や「贖罪」だと思わせておいて、最終的にはもっと別の主題を浮かび上がらせていることだ。ラストシーンは切なく、温かい。



小林由香『イノセンス』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000902/

試し読みはこちら
>>ヒトゴロシハシネ。窓に貼られた怪文書の赤い文字が、罪悪感を刺激する。小林由香「イノセンス」


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