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レビュー

Twitter文学賞国内編第一位! 第二次大戦末期の無法地帯を走る『黄金列車』を、文官の流儀と交渉術で守り抜く。サラリーマン必読の歴史小説。

日独伊三国同盟に加盟し、枢軸国の一員として第二次世界大戦に参戦したハンガリー王国でも、一説には40万人以上のユダヤ系住民がアウシュビッツ強制収容所に送られたという。政府が彼らから没収した資産は国有財産としてユダヤ資産管理委員会の管理下におかれ、1944年12月、ソ連軍が迫るなか列車に積みこまれて密かに首都ブダペシュトを離れた。
大蔵省からその外局である委員会に派遣されたエレメル・バログもまたこの特別列車に乗り込み、現場担当として膨大な積荷の管理、行程の確認、乗員の食糧や酒、機関車や燃料の調達を行う。

「国がユダヤ人から没収した財産を守る」という不条理な役目を負わされ、道徳的な抵抗を感じながらも委員会のメンバーたちは職務を全うしようとする。財産を私物化しようとする委員長。職権を振りかざすウィーン総領事。敗残兵の集団となって迫る武装親衛隊。混乱に乗じて列車の財宝を狙う国内外の有象無象に対し、彼らは銃ひとつ抜かず文官の流儀と交渉術、賄賂を武器に渡り合っていく。


書影

佐藤亜紀『黄金列車』


公文書を盾に国家間の協定の有効性を説き、積荷の移動には正式な書面の提出を要求し、列車のすみやかな運行に必要なら賄賂も払うが、受け取る側に受領書に署名しろと迫る。ナチスドイツの敗北はもはや決定的となり、その影響下にあるハンガリー政府も動揺している。国は崩壊に瀕し、法は意味を失くし、軍隊の秩序は乱れるなかでユダヤ資産管理委員会と彼らの乗る列車だけが、平時のごとく秩序を守り続けて略奪も強奪も許さない。状況が状況だけに、その様子はいっそう面白おかしく、恐ろしい。

バログの上司、ミンゴヴィッツが「人間には三種類ある。馬鹿と、悪党と、馬鹿な悪党だ」
とうそぶくように、善人など登場しない。善悪でなく、ただひたすらに己の職分を全うした文官たちはまことに「おっかねえ」存在だ。列車ごと忽然と姿を消してしまうようなミステリーもなく、ソ連軍やドイツ軍と撃ちあう活劇もないが、これが悪名高き“お役所仕事”の真骨頂。世間の酸いも甘いも嚙み分ける、上司と部下との間で絶賛板挟み中の、中年のお年頃な社畜、否、社会人には共感できる場面が満載だろう。

始終どんよりした空気が覆うこの重苦しい物語のなかで唯一鮮やかなのは、バログが職務の折にふれて思い出す過去の情景だ。アパートの物干し場から路上に転落死した妻カタリン、すべてを奪われつくした空っぽの家で自死を選んだユダヤ系の親友ヴァイスラー。彼らと過ごした青春の季節、二度と戻らない日々の記憶だけが黄金よりも眩しく輝く。

ナチスの黄金列車といえば、現在のポーランド南西部に黄金を積み込んだ列車を埋めたとされる都市伝説がある。この黄金列車はいまだ発見されていないが、ブダペシュト発の黄金列車は実在した。この列車は1945年5月、米軍の保護下に入る。しかしこの物語はその直前で終わる。奪った財産を満載して重々しく走る列車に乗りこんだ、すべてを失った身軽な男・バログは米軍が来た時にはきっとそこにはもういない。むしろそこから先が知りたいんだけど、という絶妙なところで物語が終わる。なんて小説だろうと思うが、ここで終わらなければきっと意味がない。ここまで色々と言ってみたけれど、結局これはバログの物語なのだ。

佐藤亜紀黄金列車』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321905000410/

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