表題作「遠い唇」のその後とは――?
『遠い唇 北村薫自選 日常の謎作品集』北村 薫
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『遠い唇 北村薫自選 日常の謎作品集』著者:北村 薫
『遠い唇 北村薫自選 日常の謎作品集』文庫巻末解説
解説
一作家一ジャンル道のまんなかを
『ノヴェレッテン』は8つのノヴェレッテとも呼ばれるシューマンのピアノ曲集で、
一方、作家は言葉でスケッチし、音を奏でる。収録作「パトラッシュ」の、ラヴェル『ボレロ』のピアノデュオをテレビで観る場面は圧巻だ。昨年、
あいにく当方、高校時代の古典の授業で短歌実作の宿題を課され、先生に「理屈っぽいのが難」と寸評された古傷を持つ。言い
北村印は違う。言い果せていながら、なお余情が寄せてくる。
増補版刊行にあたり「付記──ひらめきにときめき」そして「
作品への付記そのものは、これまでも時折あった。「これだけは、どうしても」を、
ただし〈作品については、作品そのものが語る〉〈後は読み手にまかせるべきだ〉もまた、この作家の譲れぬ信念だ。だからか、後日
いや、人知を超えた名探偵、
先例では2017年秋に創元推理文庫に入った『太宰治の辞書』。ひときわ愛着あるデビューシリーズ、待望の新作だった。さらに
かくのごとく。北村さんの作品は作品で語る。未来を思い出すように、何十年も前に投げられた伏線のブーケが、今日、
ひとの想いが時間を経て解かれるのが北村作品だから、この主題を象る表題からして、シューマンの命名に匹敵する。時の
そして、付記と追加収録を含む全10篇のノヴェレッテは、独立した短篇と見えていたものが、作品同士で、ここにはない別の作品との間で、あるいは偉大な先達のあの名品へと手を差し伸ばすように、
わけても、表題作と、追加された新作二作における人物の、回り舞台にも似た登場退場の巧みさは、「人間喜劇」におけるバルザック的再登場法を
バルザックはスピンオフを最初に小説で用いた作家といわれるが、北村作品にあっては、作品の連関はより有機的かつ通時的で、結果、再出の必然性が高い。『飲めば都』は北村作品中随一のユーモア度を誇るが、中で一滴、墨を落としたように暗いのが、まりえさんが主役の「指輪物語」だからだ。十余年越しの苦しい宙ぶらりんは、北村さんだけが救える。ずっと待っていて、本当に良かった。作者の思い入れのほどは、どうか〈
なお本書の初文庫化の折に解説を書かれた歌人・
あの作とこの作のリンクコーデも冴えわたっている。前述のスピンオフ三作を繫ぐ俳句や、「ゴースト」の短歌、「ビスケット」の古典文学。「パトラッシュ」のミド嬢と「わらいかわせみに話すなよ」の翡翠の醸す、圧倒的なみどりの
「遠い唇」で教授が見つける七円葉書に刷られた
「パトラッシュ」では前景にそびえる〈山〉が「ゴースト」ではあざやかに背景に退く、その舞台装置めいた早変わりの怖さ。一方は明るく、他方はひたすらに
また「しりとり」の探偵役はネームレスの男性作家で、「ビスケット」で待望の再登場となった
極私的に一番の異色作は「解釈」。とはいえ、宇宙人が文学作品から地球人を分析するという枠組は、かの
同じく先達へのオマージュ「続・二銭銅貨」は真打ち。あの
繰り返しで恐縮だが、本書は北村作品初の文庫増補版である。最初の文庫化では付記という名の魅力的なエッセイで、さらにこのたびは表題作の後日譚と新・付記という形で、正しく「物語に語らせる」花道を渡った北村薫さんとは、一貫して、〈わたしを分かってくれる、もう一人のわたし〉たちに、
作品紹介・あらすじ
遠い唇 北村薫自選 日常の謎作品集
著者 : 北村 薫
発売日:2023年09月22日
日常の謎の名手・北村薫による自選集!表題作「遠い唇」のその後とは――?
コーヒーの香りで思い出す学生時代。今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、謎めいたアルファベットの羅列があった。(「遠い唇」)/『吾輩は猫である』『走れメロス』……宇宙人カルロロンたちが、地球の名著と人間の不思議を解く?(「解釈」)/辛い時にすがりつきたくなる、大型犬のような同棲中の彼氏。そんな安心感満点の彼の、いつもと違う行動と、浴室にただよう甘い香り。(「パトラッシュ」)/トークショーの相手、日本通のアメリカ人大学教授の他殺死体を目撃した作家・姫宮あゆみ。教授の手が不自然な形をとっていたことが気になった姫宮は、"名探偵"巫弓彦に電話をかける――(「ビスケット」)など、2019年に刊行した全7篇に、「遠い唇」の主人公・寺脇と、『飲めば都』にも登場する女性編集者・瀬戸口まりえが出会う場面を描いた「振り仰ぐ観音図」、そして二人が再会し、句を介して関係が始まっていく様子を描いた「わらいかわせみに話すなよ」の計2篇を加え、ここに完全版として刊行!
本書は、2019年11月に小社より刊行された文庫に「振り仰ぐ観音図」(新潮文庫『もう一杯、飲む?』2021年6月刊収録)、「わらいかわせみに話すなよ」(「小説 野性時代」2021年9月号収録)を加え、サブタイトルを付したものです。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000618/
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