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レビュー

加門さんと、ある宿屋での恐怖体験――『怪談徒然草』加門七海 文庫巻末解説【解説:東 雅夫】

別格の恐怖。封印された三角屋敷の恐怖を再び――。恐怖語りの神髄!
『怪談徒然草』加門七海

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

怪談徒然草』加門七海



『怪談徒然草』加門七海 文庫巻末解説

解説
ひがし 雅夫まさお(アンソロジスト) 

 加門七海さんと初めてお目にかかったのは、たぶん『ホラーウェイヴ』(ぶんか社/日本初のホラー文芸専門誌)の頃だから、かれこれ四半世紀の昔となる。
 とりわけ、怪談文芸専門誌『幽』(二〇〇四年創刊~二〇一八年終刊/メディアファクトリー→角川書店)のちあげ・運営に際しては、なにせ御専門が御専門だけに、ひとかたならず、お世話になった。特に〈日本怪談紀行〉の連載では、レギュラー作家として、ほぼすべての取材に御同行いただき、名にし負う〈本物〉ぶりを、たっぷりと味わわせていただいた。
 一例を挙げてみよう。
『幽』第四号の〈泉鏡花〉特集では、名作の舞台をたどる……という触れ込みで、岐阜と福井の県境に位置する山上の湖——〈夜叉ケ池やしやがいけ〉に登った。映画にもなった鏡花の名作戯曲『夜叉ケ池』の舞台である。登山自体も雨に降られて難儀したのだが、『幽』的な意味での本番は、下山したその夜に起きた。夜間は従業員も帰宅してしまう、登山者向けの宿であった。
 深夜の午前二時を過ぎた頃だろうか。尿意を催した私は、サテどうしたものかと、寝床の中でしばし躊躇ためらっていた。理由は三つある。第一に、さほど差し迫った欲求ではなかったので、暗い外廊下の突き当たりにある共同便所まで出かけるのが億劫おつくうだったこと。次に、窓際の私が動くと、川の字で寝ている同行の編集者とカメラマンのアシスタントを起こしてしまうのが気遣われたこと。そして第三に、何となくではあるのだが、どうにも薄気味が悪かったこと……窓外は渓流と深い森、宿の内外を領する闇の深さは半端ではない。
 そんなこんなで、トイレに行くか否か逡巡しゆんじゆんしていたそのとき、廊下側に寝ていたアシスタントの青年が、突如、布団の中でモゾモゾ、ぶつぶつ言い始めた。最初はこっそり電話でもかけているのか……と半睡状態の頭で思っていたが、突然すさまじい絶叫を挙げると、彼は布団の上に跳ね起きた! 熟睡していた編集者も飛び起きるほどの大音声だいおんじようだった。
「おいおい、どうした? 怖い夢でも見たのかい?」
 二人が口々に問いかけても、よほど動顛どうてんしているのか、すぐには言葉にならない様子。やがて、至って遠慮がちに、彼はこう切り出した。
「すみません。部屋の電気をけてもいいですか?」
 結局、彼は本を読んだりして、朝までまんじりともせず、起きていたようだった。
 翌朝、冷やかし混じりの問いかけに応じて、青年が語るには——。
 夜中、なぜか急に目がめて、そのまま眠れなくなってしまった。寝床の中で輾転てんてん反側していたら、グイと肩をつかまれ、いきなり耳もとで、野太い男の声がした。何かを必死に訴えているようなのだが、うまく聞き取れない。驚きと恐怖で大声を上げたら、男の気配は消えたが、怖くてたまらないので、朝まで電灯を点けっぱなしにさせてもらった。こんな体験は生まれて初めてです……そう語る青年の表情は、まだ少し強張こわ|ばって見えた。

 さて、ここからが、われらが加門さんの出番である。起きて宿の食堂に出て行くと、加門さんは、すでに身支度を調えていた。
「いやあ、昨夜は男子部屋、えらい騒ぎでさあ……」
「あ、やっぱりィ!?」
 予想外の反応に二の句も継げずにいる私に向かって、涼しい顔で加門さんは続けた。
「昨夜、帰宿したときに、あれ、一人増えてるな……と思ったのよ。みんなを怖がらせても悪いから、そのときは黙っていたんだけど。そうしたら夜中に、怪しい男(生きた人間にあらず)が私のとこに来たからさ、ええい、安眠妨害だ、あっちへ行けえ! と怒って追い払ったら……そっちに行っちゃったのね(笑)」
 加門さんと違って、怪しい体験のたぐいとは根っから無縁な私だが(加門さんいわく「ヒガシさんは、お守りが強いからね」……ありがとう、三峯みつみね神社の御眷属ごけんぞくさま!)、この一夜の出来事だけは、いくら考えてもに落ちないし、道理に合わない。第三者も巻き込んで、たんなる偶然の一致で片づけるには、あまりにも符牒ふちょうが合いすぎているではないか……。

 さて、本書『怪談徒然草』は、メディアファクトリーの単行本シリーズ〈怪談双書〉の一冊として、二〇〇二年八月に初版刊行された(文庫の初刊は二〇〇六年三月、角川ホラー文庫)。やはり『幽』怪談実話路線の大きな支柱となった、福澤徹三さんの『怪を訊く日々』と、同時発売である。どこか『新耳袋』を彷彿ほうふつさせる、端正な文体で綴つづられた『怪を訊く日々』とは対照的に、こちらは、ときにチャーミング、ときに破天荒な(⁉)語り口調を活かした、〈かつてない〉試みの怪談実話集になっていた。
 これは〈怪談の神髄は語りにあり〉という企画コンセプト(企画者&聞き手・三津田信三/話者・加門七海)に基づくもので、とりわけ幼少期の怪談原体験が語られる第一章などに、その変幻自在な語り口が、うまく活かされているように感じられる。
 まあ、怪談実話というものは、いちいちしかつめらしい註釈ちゆうしやくを付けて読むものではなく、著者の語りずるがまま(まさに〈徒然つれづれ〉なるままに!)、虚心にその成り行きを見守り味わうべきものかと思うので、私も野暮な註釈は差し控えておきたい(本書に先立つ怪談実話集『文藝百物語』の企画・記録者である私としては、いたいことは、色々いろいろ、あるのだが……なにしろ同書は、全体の約半分を、加門さんと霜島ケイさんの凸凹でこぼこコンビ(もしくは三角屋敷コンビ!?)が語り倒している、世にも怖ろしい本なのである)。

 ただし、本書『怪談徒然草』の〈最終話〉に関してだけは、若干の付言が必要だろう。
 なにしろ、そこには何故か私自身が文中に顔を出して、いまチラリと名前の出た、くだんの〈三角屋敷〉について、語っているのだから。しかも、肝心の著者本人は、この件に関しては、今後一切の言及をかたくなに拒むと明言されているのだから……ここは誰かしらが、加門七海の身代わりとなって、話をしなくてはなるまいよ……とほほほほ。
 さて、ここで話を解りやすくするために、簡単な年表を掲げておこう。

1 霜島ケイ「家——魔象」(『幻想文学』第48号〈建築幻想文学館〉一九九六年十月・アトリエOCTA所収)
2 匿名(=加門七海)「手記」(『幻想文学』第48号〈建築幻想文学館〉一九九六年十月・アトリエOCTA所収)
3 霜島ケイ「三角屋敷の怪」(東雅夫編『文藝百物語』一九九七年七月・ぶんか社所収)
4 霜島ケイ「実在する幽霊屋敷に住んで」(三津田信三編『日本怪奇幻想紀行 六之巻 奇っ怪建築見聞』二〇〇一年三月・同朋舎どうほうしゃ所収)
5 加門七海『怪談徒然草』最終章(二〇〇二年八月・メディアファクトリー)

 以上が、この通称〈三角屋敷〉と呼ばれる銀色外装のマンションについて、その家に暮らした当事者(=霜島ケイ)と来訪者(=加門七海)が語った記録のすべてとなる。
 霜島さんによる三篇は、一部、ディテールが詳しく加筆されているものの、内容的にはほぼ同一のものだ。初篇「家——魔象」の原稿を手にしたときには、〈こ、これは、大変なものをいただいてしまった……〉と、当時『幻想文学』編集長を務めていた私は、武者震いにひとしいおののきを感じた(これには霜島さんの伝奇作家らしい措辞の巧みさも、あずかって力があったと思う)。
 また、同じく『幻想文学』に掲載された加門さんによる「手記」が、怪しい匿名の形で発表されたのは、古いゴシック小説によくある、いわゆる「抽斗ひきだし小説」の趣向を意識したお遊びとして、私のほうから提案したものである。
 本文中でも少し触れているが、『幻想文学』誌への掲載に先立って、編集長である私は、奇怪な出来事の舞台となった〈三角屋敷〉を、実地に確かめておこうと思い立った。
 具体的な場所は伏せるが、東京西部の長閑のどかな田園地帯を駅からしばらく歩くと、銀色の外観をした中層マンションが目に飛び込んできた。派手な見かけのわりに、なぜか全体に薄暗い印象をうけた。何となく気圧けおされる感じがして、仄暗ほのぐらいエントランスから先には踏みこむ気がしなかった。
 表へ出て、ふと視線を感じて上方を見上げると、三階の部屋から、住人とおぼしき若い男性が、なぜか険しい目でこちらを見下ろしていたのを、妙にハッキリおぼえている……。
 以上が、私と〈三角屋敷〉連作との、ささやかな関わりである。『幻想文学』掲載の時点では、まさかこの話が、これほどの広がりと関心を惹起じゃ|っきするとは、予想だにしなかった。
 当事者たちが被った苦難や迷惑はどうあれ、怪談読者には、語られた怪異を受けれて吟味し、骨の髄まで味わい尽くす……という特権がある。どうか、その特権を、心ゆくまで行使して、ここに語られた怪異な物語群をたのしんでいただけたら、幸いである。
  二〇二二年七月

作品紹介・あらすじ



怪談徒然草
著者 加門 七海
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年09月21日

別格の恐怖。封印された三角屋敷の恐怖を再び――。恐怖語りの神髄!
「平家がまだピチピチしていて、とてもよろしゅうございました」と壇ノ浦での旅行を語る加門七海が、体験した本当にあった怖い話。中国旅行中に重慶の旅館で出会った死神。無理やり造りを変えてしまったために、氏子が次々と死んでしまった神社。付き合う男性が全員死んでしまった絶世の美女。そしていまだに続いているという東京都慰霊堂と三角屋敷を巡る話(完全封印版)などありとあらゆる体験を語った「怪談本」の決定版。真の恐怖は怪談語りにあり。著者の初期の怪談実話集、待望の復刊。文庫版ように、「三度目のあとがき」を書き下ろし。解説は東雅夫氏。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000278/
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