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レビュー

他者の評価が可視化された現代だからこそ、ぜひ読まれてほしい一冊――下村敦史『コープス・ハント』文庫巻末解説【解説:大矢博子】

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
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下村敦史『コープス・ハント』



下村敦史『コープス・ハント』文庫巻末解説【解説:大矢博子】

解説
おお ひろ

 しもむらあつは、チャレンジし続ける作家である。
 全編を視覚障害者の〈視点〉で描いたがわらん賞受賞作『闇に香る噓』(講談社)で二〇一四年にデビューして以降、ヒマラヤの高峰が舞台の山岳ミステリ『生還者』(講談社文庫)、サハラ砂漠でのノンストップ冒険小説『サハラの薔薇』(角川文庫)、医療ミステリの短編集『黙過』(徳間文庫)、登場人物が全員同姓同名という『同姓同名』(幻冬舎)、高級ホテルでの人間模様をグランドホテル形式で描いた『ヴィクトリアン・ホテル』(実業之日本社)などなど、ごく一部をピックアップしただけでも、一作ごとに手を替え品を替え趣向を替え、その引き出しの多さを見せつけてきたことがわかる。
 ジャンルや舞台だけではない。ミステリとしてのトリックやギミックでも、「そんな手で!」と読者をどうもくさせるような仕掛けを施してくるから油断できない。しかもその仕掛けは、舞台や設定と分かち難く結びついている。その舞台・その設定だからこそ可能な仕掛けで、読者を驚かすのである。新刊が出るたびに、「今度は何だ」とわくわくさせてくれる作家のひとりだ。
 しかし、次々と新たなことにチャレンジしているようでいて、そこには変わらぬしんがあることを忘れてはならない。その芯とは「視点によって変化する世界」である。具体的に書くとネタバレになるのでボカさざるを得ないが、下村敦史は常に、ひとつの事象が視点によって形や解釈を変える物語を描き続けている。
 本書もまたその例に漏れない。本書の芯は「自分で思う自分」と「他者から見た自分」の関係にある。

 著者の十五作目の作品となる『コープス・ハント』は、ある事件の様子を描くプロローグを経て、裁判の場面から始まる。
 八人もの女性を殺害したとして、あさぬましように死刑判決が下った。だがその直後、浅沼は法廷で、八件のうち一件は自分の犯行ではないと告げる。そしてその事件の真犯人たちのひとりを殺し、遺体を〈思い出の場所〉に隠してきた、と叫んだのである。そのセンセーショナルな言葉が報じられ、世間が〈遺体捜し〉に熱狂する一方、以前より一件だけは犯人が違うと考えていた刑事のおりかさのぞは独自に再捜査を始めた──というのが物語の導入部だ。
 この筋とは別に、本書にはもうひとつ別の筋がある。不登校の中学生ユーチューバー、ふくもとそうの物語だ。
 宗太は夏休みに、尊敬する先輩ユーチューバーのにしやんに誘われ、高校生ユーチューバーのセイと三人で千葉の森に〈遺体捜し〉に出かける。にしやんによれば、遺体の隠し場所についてしんぴようせいの高い情報があるのだという。〈遺体捜し〉の様子を動画に撮って配信しようというのが冒険の理由だ。怪しげな老婆に謎めいた警告を受けたり、地元の美少女と知り合って仲間に入れたり、どうくつを抜けたり森でキャンプしたりと、まさに絵に描いたようなひと夏の冒険。しかしその冒険は、思いがけない展開を迎え──。
 というふたつの筋が並行して語られるなかで、このふたつがどこでどう絡むのか、それがまず読みどころとなる。まったく予想外の方からやってくる真相には驚くこと請け合い。慣れたミステリ読者はもしかしたらある程度の見当をつけられるかもしれないが、サプライズはひとつではない。畳みかけるような展開が待つ、実にテクニカルなミステリなのである。
 が、その前に。この宗太のパートに注目願いたい。このパートがすさまじくいい青春小説なのだ。そしてこの青春小説パートが本書全体の根幹を成しているのである。
 四人の少年(少女)、森での遺体捜し、ひと夏の冒険──とくれば、まず思い浮かべるのは映画にもなった青春小説の金字塔、スティーヴン・キング「スタンド・バイ・ミー」(新潮文庫『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』所収)だ。
 実際、作中にも「スタンド・バイ・ミー」のタイトルに言及する場面があり、宗太のパートは「スタンド・バイ・ミー」を下敷きにしているのは明らかだ。「スタンド・バイ・ミー」で遺体捜しに出かける少年たちの動機は「死体を見つければ有名になれる」で、再生数を稼ぎたいという宗太たちに通じる。共通点はそれだけではない。冒険に興じながらも、常に心をむしばんで離れない悩みやかつとう、後悔、親との関係が語られるのも同じだ。
 宗太は自分に自信が持てず、人気者のにしやんやクールなセイにあこがれる。気弱なひきこもりだと知られたくなくて、センスがあると思われたくて、イケてるやつだと思われたくて、懸命に「こう見られたい自分」を演出する。けれど現実の自分と理想の自分はどんどんかいしていく。痛々しいまでの青春のき。
 自分がどういう人間なのか、それを決めるのは誰なのだろう。自分か、それとも他者か。他者に押し付けられた価値観にって立つ自分は、はたして自分なのか。演技で作り上げた自分は、本当に自分なのか。そうでないとするなら、本当の自分はどこにいるのか。自分を作るのはいったい誰なのか。
 ミステリの真相にかかわるので具体的には書けないのだが、この物語が問いかけるのは、自己に対する評価を他者にゆだねてしまうことの愚かさであり、他者の基準で自己を計ろうとすることの恐ろしさである。宗太だけではなく、本書に登場する多くの人は自己と他者の間で揺れ、他者の基準で自分を縛っていく。そしてこのテーマは、折笠刑事のパートにも共通している。たとえば折笠は真犯人をつきとめる過程で自分の基準で他者を判断し、見事に失敗する。これもまた自分と他者を同一視してしまうという点で同じなのだ。
 すべての真相が明らかになったとき、物語のあらゆる要素が、自己と他者の関係へとしゆうれんしていく。青春小説のパートが物語の根幹を成していると言った理由はここにある。著者がやりたかったのは、伝えたかったのは、これなのだとに落ちた。これは「自分を作る」ことを「自分で決める」物語なのである。
 他者を排せよというのではない。自分勝手になれというのでもない。スタンド・バイ・ミーは「そばにいて」「私の力になって」という意味だ。同一視するのではなく、押し付けるのでも押し付けられるのでもなく、それぞれが個として立ち、認め合い、支え合う。その理想に向けての闘いを、本書は描いているのだ。
〈遺体捜し〉の果てに宗太が見つけたものは何だったのか。折笠が辿たどり着いた場所はどこだったのか。チャレンジを続ける作家・下村敦史の芯が、強固に、かつ明確に伝わる物語である。SNSのフォロワー数や「いいね」の数など他者の評価が数字で現れ、考えの異なる者をたたき、排除しようとする行為が可視化された現代だからこそ、ぜひ読まれてほしい一冊だ。

作品紹介・あらすじ



コープス・ハント
著者 下村 敦史
定価: 814円(本体740円+税)
発売日:2022年02月22日

事件を追う刑事と、遺体探しをする少年達。彼らが辿りつく衝撃の真実とは。
「1件は俺の犯行じゃない。“思い出の場所”に真犯人の遺体を隠した。さあ、遺体捜しのはじまりだ」8人を殺害したとして死刑判決を受けた猟奇殺人鬼・浅沼聖悟の告白は世間を震撼させた。事件に疑問を抱く刑事の折笠望美は真相解明に乗り出す。一方、引きこもりの中学生・福本宗太は動画配信仲間から誘われ「遺体捜し」に出かけるが……。2つの物語が交わる時、驚愕の真実が浮かび上がる。予測不能のサスペンス・ミステリ。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322110000634/
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