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レビュー

「道尾秀介本人がサイコパスなのではないか」 という疑念が生じるほどに、真に迫った表現がされている。――『スケルトン・キー』文庫巻末解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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スケルトン・キー』文庫巻末解説

解説
中野 信子(脳科学者)  

 みちしゆうすけという作家の文章に触れるとき、いつもそのせいさとけんろうなつくりに打たれてしまう。道尾作品を初めて読んだのはもう10年以上も前のことになるが(『光媒の花』集英社文庫)、こんな人がいたら私は小説では勝負できないだろうと、読み始めから、静かだけれどすごみのある文の気配に圧倒された。ねたみを感じさせてもらえるような余地すらない。はなから負の感情はされて、ただひたすら、同年代にこういう作家がいるのか、と感悦した。以来、道尾秀介ファンの末席に名を連ねている。
 本作『スケルトン・キー』は、「サイコパス」を自認する19歳の青年、さかじようの一人称で物語が進められていく。サイコパスというのは人々を恐怖に陥れる存在である一方、自分に実害をもたらしさえしなければ、興味をそそる魅力的なキャラクターという側面も持っている。それゆえに、古今東西、サイコパス的な人物を登場させる物語は数多くある。
 しかし、その中で、物語全体を一人称でサイコパスに語らせようという試みは珍しい。道尾秀介本人も、複数のインタビューでその工夫について語っている。そしてこれは、単に一人称で語らせました、というだけにとどまらず、物語を立体的に構成するギミックにもなっている。ここは本作を読み解くまさに「キー」となる部分であるので、読者にはぜひ、このことを心に留めて読み返してみていただきたいと思う。


スケルトン・キー
著者 道尾 秀介
定価: 704円(本体640円+税)


 さらに注目すべきは、サイコパスの内観描写についてだろう。道尾秀介自身が語っているように、以前から彼はサイコパスについての脳科学的な知見に興味を持ち、リサーチを重ねていたという。本作を読み進めるうち、読者の中には「ひょっとして道尾秀介本人がサイコパスなのではないか」という疑念が生じた人もいるかもしれない。それほどに、真に迫った表現がされているシーンがある。サイコパスは恐怖を感じないという性質や、生理的な特性についてなど、少なくとも、かなり意識して勉強されているのだなということがよくわかる。
 以前、本人に、自分をサイコパスだと思うかどうかについて尋ねたことがあった。けれど、彼は、自分は不安や怖さといったものを強く感じるほうで、ものすごく心配性なのだ、と語っていた。確かに、文体のみつさや丁寧な描写は、繊細で心配性な人でなければ達成し得ない水準のものだろう。
 しかし、そんな道尾秀介が、怖さを感じることのないサイコパスの内面を描写する、というときにはいったい、どのようにしてそれを書くのだろうか。興味を持って、さらにそのことについて尋ねてみた。どんな心理的な障壁があるのか、それをどう乗り越えているのか。
 彼は、クリエイターには「ひよう型」と呼ばれるタイプの、なりきって作るスタイルを取る人たちがいるが、自分はそうではない、と語った。自分は自分なので、別人物になろうと思っても絶対に自分が顔を出してしまう。その代わり、頭の中に、完全に自分から離れた存在としてその人物をつくって書いているのだと。
 主人公を造形し、そのキャラクターをシミュレーターで動かすようなイメージで、ある程度プログラムを打ち込んでおけば後は勝手に動いてくれる、という話もした。ただ、バグを起こして、たまに予想外の動きをするんですよね、とも言い、そのときは自分でもびっくりしますけど、それが小説を書く楽しみでもあるんです、と笑っていた。予想外のことを楽しむことのできる余裕は、知性に恵まれた人にだけ許される、人格の豊かさの象徴でもある。
 本作のほかに、長編小説『スタフ staph』(文春文庫)でも、女性主人公の一人称で書くのに、それなりの苦闘があったという。とはいえ、彼には作家としての実績を積んできたという自負もある。新しい挑戦をしてみようという欲求が、サイコパスという、異性と同等かそれ以上に自分と違う存在を書きたいという気持ちを後押しした。
 もちろん心理的な障壁がないわけではなかったようだ。けれど、これから書くことに先例がないとか、自分の能力以上かなどと考えるときには、いつも彼は、ロジャー・バニスターを思い出すのだという。かつて一マイルを四分以内で走るのは人間の身体能力では不可能だ、と言われていた。ところがロジャー・バニスターという陸上選手が四分を切った途端、次々に切る人が出てきた、と。この逸話から、脳にリミットをかけているのは自分だということがわかる、と彼はいう。
 元々、映画『SAW』シリーズ等のサイコスリラーを好んで見たり、『羊たちの沈黙』シリーズのハンニバル・レクターというキャラクターに魅力を感じていたとも聞く。人間の傾向の一つに、理解のはんちゆうを超えた異質な存在への恐怖を、わざわざ味わおうとしてコストをかける、という奇妙な特質がある。ホラー映画やミステリー小説を好む人たちは、えて恐怖を味わうことによって、現実に被害を受けかねないような状況下でパニックに陥ることなく対応できるよう、無意識的にあらかじめこうした物語に触れておくようにしているのだ、という考え方が提唱されている。広義の学習機能とでも呼べばいいだろうか。
 さて、サイコパスの最大の特徴は、他者への共感性を持たないところである。これは前頭前野の一部が担当しているが、この領域がサイコパスではあまり機能していないことがわかっている。しかし、まったく共感性ゼロでは、あっという間に人間の集団からは排除されてしまう。これでは、生き延びていくことが難しい。
 そこでサイコパスは、この脳領域がうまく使えない代わりに、知能など別の脳領域が担当している能力を使って、この不足をカバーしようとする。わかりやすくいえば、共感能力が高いと見せかけられるように、対人関係の技術を磨き、あたかも他人の気持ちをむことが上手な人であるかのように、巧妙にいい人を演じて擬態しようとしたりするのである。彼らにとって道徳や倫理は、人として大切な何かなどではなく、ただのライフハックである。小説中のキャラクターであれば興味深くもあり、魅力さえ感じるが、現実には可能な限りお目にかかりたくない人物である。
 ところで、作中では、幼少期、主人公と相互作用を起こす存在として、同じ児童養護施設で育ったひかりという女性を登場させている。サイコパスでも恋愛感情は持つ。性的に未発達な段階での、恋心という形での相互作用を、どのように物語で展開していくのかに着目して読み進めるのも面白い。成人した普通の(サイコパスでない)人間の、湿り気のあるどろどろした感情とはちがう、特殊で、ある種の純粋ささえ感じさせるような相互作用が、道尾秀介の手にかかるとこんな表現になるのか、という点にもぜひ注目して、作品を味わっていただきたいと思う。

作品紹介



スケルトン・キー
著者 道尾 秀介
定価: 704円(本体640円+税)

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危険な仕事ばかりだが、生まれつき恐怖という感情が欠如した錠也にとっては天職のようなものだ。
天涯孤独の身の上で、顔も知らぬ母から託されたのは、謎めいた銅製のキーただ1つ。
ある日、児童養護施設時代の友達が錠也の出生の秘密を彼に教える。
それは衝動的な殺人の連鎖を引き起こして……。
二度読み必至のノンストップ・ミステリ! 
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