文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:鈴木 みき / イラストレーター)
沢野さんとの出会いは雲取山でした。私が二十五、六歳の頃なので、かれこれ二十年くらい前になります。
「東京都民は二〇〇〇m超のこの山が都内にあることを誇りに思っている」と本書でも書かれているように、雲取山は東京都最高峰二〇一七mの山です。その約二十年前当時、私も都民でしたが沢野さんと登ることになるまでこの山の存在を知りませんでした。都内の山ではせいぜい高尾山の名前を聞いたことがあるくらい。そんな山の初心者がなぜ沢野さんと山で出会うことになったかというと、『ヤマケイJOY』という雑誌の撮影がキッカケでした。山登りに興味が芽生えた私は、無知をいいことに山の専門誌に「登らせてほしい」と嘆願書を送り、それがたまたま採用されて初仕事が「ワニ眼の画伯・沢野ひとしが歩く残雪の雲取山三日間」の同行者だったのです。実はそれまで知らなかったのは雲取山だけでなく「沢野ひとし」もでした。いま思えば色々と失礼だったと思いますが、山に行ける喜びと緊張で舞い上がっていた私を沢野さんは「君は楽しそうだね」とくすくすと笑っていました。当然ながら山のことに詳しく、登山道をガイドのように先導してもらったのを覚えています。しかし大半はボソボソと意味のわからない冗談を言って編集者とカメラマンを困らせていました。
撮影が無事に終了し、帰りの中央線では私もすっかり打ち解け、雲取山荘の(前)主人、
思い出話で本の解説がすっ飛んでしまいそうなのでそろそろ。
本書『人生のことはすべて山に学んだ』は二〇一五年に海竜社から出版され、今回はその文庫化です。私は単行本のときにすでに読んでいて、この解説を書くために再読したのですが、五年ぶりに読んでも面白かった! 挿絵や4コマ劇場はもちろんのこと、どこから読んでも楽しめるので山に行くときにザックに忍ばせるのにピッタリ。その日登った山の頁をテントのなかで読むなんて最高のひとときですからね。昔から文庫本と登山は相性がいいのでこういった山の本の文庫化は
頁をめくると北から南下するようにひとつの山にひとつのストーリーが並んでいます。エピソードは小学生時代から孫と遊ぶ今に至るまで時間が違和感なく行き交います。同じように山名で区切られ、その山のことが書かれている名著に『日本百名山』や『花の百名山』などがありますが、どれも私の世代からは遠い時代を感じ、登山者として共感するというよりも懐古趣味やその時代のことを知るという側面が大きい気がします。沢野さんも私からすると「登山」の大先輩ですが、まだ一緒に山を登れる先輩です。そのおかげで描かれている登山の様子を身近に感じることができます。とはいえ、「谷川岳」では魔の一ノ倉沢をクライミングし、残雪の「屛風岩」を
沢野さんと山は何度か行き、いろいろ教えてもらいました。最初にロープを
私が登山をはじめて約二十年の間に、登山の装備もスタイルもずいぶん変わりました。例えば本書に登場する山の道具でいうと「ランタン」「ポリタンク」はもう使うことがありません。オイルかガスを燃料にした「ランタン」は、電池や充電式のLEDライトになり、水を
このように登山はより個人的なものになり、楽しみ方も「登頂」だけにとどまらず「プラスアルファ」の趣味やこだわりを持つスタイルが主流になったといえるでしょう。
私は「山ヤ世代」と今から十年ほど前に若い女性を中心に巻き起こった登山ブームで生まれた「山ガール世代」との
「山ってこれでいいんだよな……」本書を読み終わってそんなことを考えてしまいました。なんだか不思議と原点回帰して重い荷を背負って仲間と泥臭い登山をしたくなってきました。そういう登山ってむしろロマンチックなんですよね。思い返せば、沢野さんと行った山ではいつもランタンのシューッという音がしていたっけ。あれけっこうロマンチックだったのかも。あのときはうるさいと思っていたけど。私も年だな。
最後にまた思い出話になりますが、本書で唯一(登場はしませんが)一緒にいた山があります。「涸沢岳」です。沢野さんから友人の捜索で涸沢岳西尾根に入るから炊き出し部隊として来ないかと声がかかり向かった山です。本編にもある「カメラが見つかった日」がそのときの捜索です。事故があってから時間が経っていたので現場は穏やかでしたが、それまでなにひとつ遺留品が見つかっていなかったのにカメラマンの命のようなカメラが出てきたのですから急に騒然となりました。ご遺族は淡い希望が消えた瞬間でもあり複雑だったと思いますが、その夜にみんながひどく酔っぱらって故人の話で盛り上がっていたのが忘れられません。このときの経験から仲間の大切さや山の厳しさ、悲しさを教わったと思っています。沢野さんは息子がカメラを発見したことがよほど誇らしかったのか、その晩から帰りの車までずっと自慢し続けていました。
こうして書いてみると、本当に人生の恩人なんだなと。私は「人生のことはだいたいワニ眼に学んだ」のかもしれない。いや、それは困る。
思い出を振り返るばかりで解説になっているかは自信がないけれど、こんなふうに沢野さんとのことを書く機会をいただいてよかった。感謝します。
沢野さん、また久々に山でも行きましょう。お礼はそのときに直接言います。
▼沢野ひとし『人生のことはすべて山に学んだ』詳細ページ(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000250/