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レビュー

犯人の意外さではシリーズ随一!オールスターキャストでお送りする名篇。

 まさかホームズが卒業論文を書き上げたの? いや、いくら驚異的な推理の才能を見せているとはいえ、そんなことができるはずはない……。しかし、片山義太郎と晴美が住むアパートに来る前は、女子大の文学部長に飼われていたホームズです(『三毛猫ホームズの推理』を参照のこと)。もしかしたら文学の素養はあるかもしれません。
 また、タイプを叩いたり、前肢で字のようなものを書いたりしたこともありました。だから卒業論文なんて朝飯前なのでしょうか。ホームズの活躍をこれまで堪能してきただけに、『三毛猫ホームズの卒業論文』というタイトルがなかなか悩ましい長編ミステリーですが、やっぱり卒業論文に取り組んでいるのは人間のほうです。
 S大学四年生の杵谷淳子とその恋人で同学年の水原悠一は、その日も、大学の教室で共同研究である卒業論文を執筆していました。ただ、テーマを決めたり、独自の視点による検討を重ねたのは淳子で、論文を書いているのも彼女なのですが。
 そしてようやく完成します。もう真夜中、何か食べて帰ろうと話がまとまったとき、悠一が手帳を忘れてきたことに気付いて、教室へ戻っていきます。ところがなかなか戻ってきません。心配になって淳子も行ってみますが、教室の灯りがなぜか点かないのです。その闇の教室に、腹を刺された悠一が――。
 話は一転して、華やかな結婚披露宴の会場で事件が起こります。お色直しをした花嫁、花婿が入場、テーブルの間を回っていきます。すると突然、ウエイトレスが飛び出してきます。刃物を持ち、「許さない!」と花婿めがけて――。
 赤川作品の人気シリーズのひとつである〈花嫁〉シリーズかと思ってしまうような展開ですが、これが最悪の事態とならなかったのはホームズの功績です。結果として、花婿の不誠実さが露わとなり、結婚は解消されてしまうのでした。
 その花嫁、須田ゆきは晴美の高校時代の親友です。披露宴には高校時代の教師の清水谷修も出席していました。そして、恋人が何者かに刺されてしまった淳子もまた、晴美の高校時代の友人なのです。さらに高校の二年後輩の三宅杏が結婚式場に勤めていたりと、晴美の高校時代の縁が興味深い『三毛猫ホームズの卒業論文』です。
 幸か不幸か、いや不幸に決まっているのですが、本書以外にも、晴美の高校時代の同級生が関係した事件があります。なんといっても賑やかだったのは「三毛猫ホームズの感傷旅行」です。晴美が幹事となっての高校の同窓会で、女ばっかり十人近くが、温泉旅行を楽しんでいます。荷物持ちは晴美に恋する目黒署の石津刑事でしたが、そんな楽しい旅にも事件というよけいな荷物があったのです。
 『三毛猫ホームズの正誤表』の野上恵利、『三毛猫ホームズの回り舞台』の桑野弥生、そして「三毛猫ホームズの招待席」の神田布子は新進気鋭の女優でした。高校時代、演劇部に所属したことはないようですが、「三毛猫ホームズの幽霊城主」では逆に、高校時代の友人に誘われて晴美が舞台に立っています。
 『三毛猫ホームズの四捨五入』の清川昌子や『三毛猫ホームズの危険な火遊び』の氷室エミはブランド品で身を固め、高校時代とすっかり印象が変わっていて晴美を驚かせます。久しぶりの再会はとても嬉しいことですが、昌子もエミも事件に巻き込まれ、晴美を悲しませるのでした。
 一方、兄の義太郎の学生時代の友人もシリーズのそこかしこに顔を出すのですが、ここには登場しません。ただ、またもや叔母の児島光枝から見合い写真が! この親代わりとなっている叔母、片山兄妹に結婚相手を見付けることこそ我が天職、と信じて疑わないそうですが、やはり年の順なのでしょうか。義太郎に見合い話を持ち込むことが多いようです。
 気が弱くてなかなか断ることができない義太郎ですが、なにせ相手がユニークなので、見合いをしたとしても、それ以上には発展しません。『三毛猫ホームズの恐怖館』の萩野クニ子や『三毛猫ホームズの正誤表』の大岡聡子は、なんとまだ高校生でした。十歳以上の年齢差はさておき、さすがに結婚話は早すぎるでしょう。
 『三毛猫ホームズの犯罪学講座』の相手の浜野牧子は二十歳の女子大生ですが、なんと会う前に失踪してしまうのでした。『三毛猫ホームズの四季』では既婚者でしたし、『三毛猫ホームズの四捨五入』では「薫」という名前の男性だったりと、児島光枝が本当に義太郎の縁談をまとめる気があるのかどうか、疑いたくなります。
 そしてもうひとり、義太郎の上司である捜査一課長の栗原警視がここでは大活躍しています。といっても犯罪捜査ではなく、趣味の絵画の世界のほうです。個展を開いたところ、三十五、六の色白な、上品な色っぽさを漂わせた美人から、肖像画を描いてほしいと言われたのです。
 もちろん画家として断ることなどできません。内野デルフィーヌと名乗った女性は、ここで描いてほしいと、栗原(といつものホームズ様ご一行)を自宅のアトリエへ招待します。広大な敷地と白亜の館に驚かされる一行です。そして、彼女の希望するポーズが全裸で横たわっている姿勢と聞いて、さすがの栗原も顔から血の気がひいてしまうのでした。
 「三毛猫ホームズの殺人展覧会」では銀座のギャラリーでの展覧会に出品していた栗原です。『三毛猫ホームズのフーガ』ではS美術館に新作が展示されたりもしていました。捜査のかたわらの画業は実績十分です。ただ部下たちには、展覧会に顔を出し、そして絵を褒めるという試練(?)が待っているのでしたが。
 この『三毛猫ホームズの卒業論文』で晴美の後輩の杏は、「そういう上司って、すてきですよね」と義太郎に言っている。
 確かに、仕事一筋で、他に趣味一つない、という上司より、ずっとやりやすいだろうとは思う。
 また、「この道一筋」タイプのベテランは、直感に頼った捜査をしがちで、それが功を奏することもあるが、しばしば初めから見込みをつけての捜査になる。
 一旦誰かが怪しいと思うと、それに合った事実しか目に入らなくなる。それは危険なことだ。
 『三毛猫ホームズの卒業論文』は二〇〇三年十月にカッパノベルス(光文社)の一冊として刊行されたものですが、この戒めは〈三毛猫ホームズ〉シリーズだけでなく、赤川作品全体に共通するものでしょう。
 レギュラーメンバーのエピソードがじつに楽しい『三毛猫ホームズの卒業論文』ですが、そろそろ肝心の卒業論文について触れないわけにはいきません。杵谷淳子と水原悠一が共同で執筆した論文は、ある殺人事件について調べたものでした。すでに解決ずみのものでしたが、ふたりの論文の結論によれば、本当の犯人が別にいるというのです。では、今服役中の「犯人」はなぜ自白したのか……。
 中盤から一気に、いくつかの事件が一点に収束していきます。錯綜する人間関係の渦にレギュラーメンバーも巻き込まれていきます。そして関係者が集められ、危険な謎解きがある場所で行われていくのです。はたして事件の真相は?
 そうそう、大事なことを書き漏らすところでした。石津刑事の小学校時代の同級生も登場します。それも思わぬところで再会してびっくりしてしまう石津なのです。ただ、豪華な食事に舌鼓を打っている彼の、惚れ惚れとするような大食漢ぶりは、いつもと変わりありません。これまた晴美の高校の同級生が関係する事件の『三毛猫ホームズの世紀末』には、可愛い石津の従姉妹が登場していたことも付け加えておきましょう。
 さらには義太郎の高所恐怖症ぶりがまた一段と強調されるシーンがあったりと、お馴染みの面々それぞれのキャラクターを楽しむことができるのがこの『三毛猫ホームズの卒業論文』です。そして、犯人の意外性はシリーズのなかでも一、二を争うのではないでしょうか。となれば、ホームズの名探偵ぶりも想像がつくというものです。たっぷり謎解きの妙を楽しんで下さい。


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