文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:橘もも / 作家)
世の中には「推し」を愛する人々がいる。人々が心を奪われる多くは、自分のだめなところを自覚したうえで強さに変えていく人だ。誰かと比べて落ち込んだり
小学生ながらに若おかみとして奮闘する主人公のおっこちゃんは「なんでそんなにがんばれるんだ?」と聞かれてこう答える。「最初は勢いで、ついつい言ってしまったから、とても無理だと思ってたけど。自分のいっしょうけんめいやったことを喜んでくれる人がいるっていうの、合ってるかもしれない。」そんなおっこちゃんに応援するような気持ちになると同時に、どこか救われたような心地になるのは、どんな結果に
『ハリネズミ乙女、はじめての恋』の主人公・コノカに対しても、やはり似た想いを抱く。だが十九歳の彼女が直面する現実は、おっこちゃんに対してやや苦い。でもだからこそ、頑張るだけではどうにもならないと知っている大人たちには、より響く。
関西では有名な漫才師一家に生まれたコノカは、幼いころから注目を浴び続ける環境から抜け出すべく単身で上京を決める。両親を亡くしたおっこちゃんが、生きるために物理的な居場所を
けれど、せっかく夢の場所に
一見、苦労続きのコノカだが、生まれ育った環境に難はあれど、応援してくれる家族がいて、自然と身についた才能を見出だされ、と実はわりと運がいい。自分にしか見えない(聴こえない)誰かに導かれて未知の世界ではばたいていく、というのは『若おかみ~』や続く『温泉アイドルは小学生!』シリーズにも通じるスタイルだが、人ならざる相棒とともにスター街道を駆けのぼっていく様は、はたから見れば恵まれていると言えなくもない。だが、コノカの
人は、経験を通じてしか自分の価値を測れない。自分の信じる〝本当の私〟より、たいてい他人から見た自分のほうが本質を突いている、ということはままある話だ。「コニィ」で、不器用ながらもできる精一杯を尽くすことで、コノカは、自分の要領の悪さが「丁寧で誠実」という評価に変わることを知った。あまり好きではなかった大阪弁と大きな声を、「明るくてなごむ」と感じてくれる人がいることも知った。もちろん、魅力を自覚するのと同じくらい、自分の
とはいえ、それは、心をむりやりこじあけ外に出ろ、ということではない。
物語の終盤、久しぶりに帰った実家で、コノカが過去の自分をふりかえる場面がある。
高校生のとき、はやくここじゃないどこかに行きたくて、じりじりしていた。中学生のときは、自分にはここしか居場所がないと思って、廊下にすら出たくなかった。小学生のときは、泣いたり、ぼんやりしたり、何か空想したりして、ただひたすら、自分が大きくなるのを待っていた。
胸をうたれたのは、殻に閉じこもっていた時間もまた、彼女の心を育てるためには必要不可欠だったと感じたからだ。他人との関わりを
雑誌『ダ・ヴィンチ』(2017年2月号)で、本作について令丈さんにお話をうかがった際、こんなことをおっしゃっていた。
誰だって要領よく生きていきたいし、面倒な手続きもできることなら避けていきたい。だけど何事も、小さな一歩をおざなりにしていきなり結果を得ることなんてできませんよね。私自身が人一倍面倒くさがりで手抜きするタイプだったからこそ、日々の本当に小さな積み重ねが何より大事だってことを痛感しているんです。
白ハリくんという相棒に導かれ、こつこつと一歩を重ねながら、自分だけの幸せを見つけたコノカ。終盤にかけて直面せざるをえない現実はあまりに胸が痛むけれど、それでも前に進み続けるひたむきさを相棒に、読者である私たちもまた、自分だけの幸せを探しにいくことができる。彼女の人生の詰まったこの物語は間違いなく、おっこちゃんに続く私の「推し」であるし、不器用だけどがんばりやな誰かの、希望となるに違いない。
▼令丈ヒロ子『ハリネズミ乙女、はじめての恋』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000417/