【カドブンレビュー】
作者の椰月美智子さんは、『しずかな日々』で小学生の男の子の心情を繊細に描いて野間児童文芸賞と坪田譲治文学賞を受賞した。当時読んで、思わず体育座りで、空を見上げてみたくなるような、心がしんみりじーんとした覚えがある。
なのに……イヤ~な小説。イヤ~~~な小説。それが『明日の食卓』最初3ページを読んでの感想だ。
本を開いて1ページ目は、母親が息子のユウに暴力を振るう場面。思い通りにならない息子のちょっとした仕草や表情のひとつひとつに母親の怒りが倍増。そのマグマは息子を殺しかねないほどに制御不能になっていく。
2ページ目と3ページ目、一転して息子の優がかわいくて仕方がないという母親・あすみの日常。優のかわいらしい声、産毛の美しさ、ほっぺたの柔らかさと温かさ、子ども特有の甘い匂い……五感で息子を味わい、愛情をあふれさせるあすみの内面が描かれる。
前ページとのギャップがあまりに激しい。愛しさはすべて生理的嫌悪に変わってしまうのか? あすみは優を殺めてしまうのか? そう思うと、気が滅入って思わず本を閉じてしまう。
しかし、ここで読むのを止めてしまうにはあまりにもったいない小説なのだ。
読み進めるうちに、“優”“悠宇”“勇”という3人の小学三年生“ユウ”とそれぞれの母親たちの日常をカットバックしながら追う物語であることが分かって来る。そしてどの家庭にも不穏な空気が漂い始め、暴力の予感に満ちていく。
全編を通し、子どもや夫の一挙手一投足に反応する母親たちの心情や言葉がとにかくリアル。しかも読者は、上からのぞき見することは許されない。まるでVR眼鏡をかけさせられたように、母親たちの心に同期させられていく。最初「イヤ~な小説」と感じたのもこの強烈な実体験感ゆえだ。
VR酔いに注意! そして読者自身の家庭はどうなのか? と刃を向けて来る小説だ。