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レビュー

小さなほうきでファンタスティックな世界へ

 ショッキングな出来事からスタートして、いきなり読者を物語のなかに引きずりこみ、ジェットコースターに放りこんで激しく揺さぶりながらエンディングまで突っ走る作品がある。ページをめくるのも、もどかしくなるような爽快で痛快な小説だ。
 一方、なかなか事件や出来事が起こらず、主人公や情景を丹念に描いていって、徐々に雰囲気を盛り上げていく作品もある。エミリー・ブロンテ、シャーロット・ブロンテ、ディケンズ、スティーヴンソン、キプリングなど、小説の名手はそれがうまい。
 一九一六年生まれのイギリス人作家、メアリー・スチュアートもそういう作家のひとりだ。彼女はロマンチック・ミステリや歴史小説で有名だが、『マーリン』三部作というファンタジーも書いているし、児童書も書いている。作品の特徴はイギリス小説の伝統を受け継いで、丁寧に作品を作っていくところだろう。「あわてるんじゃない。じっくり」という感じだ。
『メアリと魔女の花』も最初は、主人公の女の子メアリのぼやきから始まる。そもそもメアリ・スミスなんて超ありふれた名前だし、家族中でなんの取り柄もないのは自分だけだし、お兄さんはハンサムでお姉さんはかわいくて、おまけに双子なのに、自分は五歳も下の不細工な女の子。とまあ、こんな紹介から始まって、休みにひとり、めちゃくちゃお年寄りの大おばさまのところに預けられてしまう。大おばさまのところで事件が始まるかといえば、なんのなんの、大おばさまの話し相手や、家政婦や、庭師や、ペキニーズ犬のことが次々に紹介される。
 米林宏昌監督、スタジオポノックの第一回長編作品『メアリと魔女の花』の予告編や本編をみて、わくわくはらはらの冒険ファンタジーを期待して読み始めた人は、ちょっと驚くかもしれない。しかし、しばらくするとメアリー・スチュアートの文章に身をゆだねる快感を噛みしめているはずだ。
 ぼろぼろの料理本を片手に、ぶつぶつひとり言をいいながらケーキの生地をこねている家政婦のマクレオッドさんとのやりとりや、庭に溶けこんでいる庭師のゼベディーさんを手伝って失敗したあと、くねくねした小道を歩いて森に入っていくところなど、想像するだけで楽しい。おいおい、もう二十ページまできたっていうのに、なんにも起こらないじゃないかと、いらいらする人は、まずいない。読みながらメアリの目でまわりの世界を眺めるだけで胸が高鳴ってくるからだ。そのうち(ようやく)、メアリは完璧な黒猫と出会い、不思議な花を発見する。
「四方八方へぎっしりとのびた葉っぱは、おかしな青緑色で、カエルみたいなぶちがあり、細い茎の先には、上品なむらさき色のつりがね形の花が並んでぶらさがっている。すぼまった部分には銀色のすじがつき、開いた花びらの先からは、まばゆい金色のめしべが長い舌のように突きだしている」
 七年に一度しか花をつけない植物で、名前は「夜間飛行」! やった、ようやくファンタスティックな世界への第一歩……なのだが、そこでまたひと休み。急いではいけない。しっかり準備運動をしておこう。いうまでもなく、飛行の準備だ。そして力をためておけばためておくほど、飛翔能力が上がる。あとは、メアリのように小さなほうきに乗って、飛び立つのを待つだけだ。
『大どろぼうホッツェンプロッツ』で有名なプロイスラーが、ファンタジーについてこんなことをいっている。
「ファンタジーは凧と同じなんだ。高く飛べば高く飛ぶほど、おもしろい。しかし、それをしっかり地面に結びつける紐が必要だ。紐が切れたら、凧は墜落するしかないんだから」
 プロイスラーはリアリティとファンタジーの関係を語っているのだが、『メアリと魔女の花』の場合、この紐は読者の想像力であり、その想像力を準備させる作品の描写力だ。
 どうか、この作品を読んでファンタジーそのものの魅力を感じ取ってほしい。もちろん、子どもといっしょに楽しむことができれば、それこそ最高だ。


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