『四畳半タイムマシンブルース』の発売を記念して、著者である森見登美彦さんを皮切りに、いま注目の作家たちにエッセイを寄稿していただきました。タイムマシンは99年までの過去・未来に行けるという設定。さて、あなたならいつの時代に行きますか?
タイムマシン。夢のように魅惑的な言葉である。
誰もが一度は、タイムマシンへの搭乗を夢想したことがあるのではないか。今ここに、下鴨幽水荘の面々が遭遇する「時間を旅する機械」があったとしたらどうするか。
私にはここではちょっと話せないような、いわゆる黒歴史が山とある。しかしながら、タイムマシンがあったからといって、過去の私に忠告するようなことはしない。なぜなら、当時の私は常に「これが最善」と思いながら、黒歴史のまっただなかに突っ込んでいるからである。未来から来た私の忠告より、その時のフィーリングを優先するだろう。愚かである。そんな愚を犯すくらいなら、いっそ未来へ旅立ちたい。
私には、どうしても未来の自分に言っておきたいことが一つある。頭髪についてだ。
私の現状および父の現状を鑑みるに、今後頭髪的衰退の一途をたどることは必定である。薄毛は恥じることではない。人の尊厳や格好よさは、髪があろうがなかろうが関係ない。見た目の問題などは些末なことである。少なくとも今はそう思っている。
危惧しているのは、こんな勇ましいことを言っている私自身が、いざ現実に直面した時、あっさり心変わりしそうだということだ。さらなる頭髪の砂漠化を恐れて、浴びるように育毛剤をふりかけ、木魚のように猛烈に頭を叩く。そんな未来が待っている気がしてならない。
だからこそ、私は未来の自分に忠告する。
「薄毛を恐れるな。薄毛は友だ」
みっともない過去は笑えるが、みっともない未来は笑えない。きっと未来の私も感謝してくれるだろう。「初心を思い出させてくれてありがとう」と。
「しかし、せっかくタイムマシンがあるのに、他にやることはなかったのか?」
そう言われるとぐうの音も出ないが。