昨年、第九回野性時代フロンティア文学賞を受賞した『永遠についての証明』で鮮烈なデビューを飾った注目の新鋭・岩井圭也。その待望の第二長編となる『夏の陰』が刊行された。
前作は、数学の天才を主役にした、なんともユニークな数学青春小説だったが、今回のモチーフは剣道。しかも、犯罪加害者の息子と被害者の息子が竹刀を介して対峙するという、シンプルかつ大胆な構図を物語の中核に据えている。
第一章「竹の檻」の主人公は、京都府亀岡市の運送会社でドライバーとして働く青年・倉内岳。十七歳から勤めはじめ、今年で十一年目。営業所ではいちばんの古株だが、正社員になれという所長の誘いを断り、今も契約社員のまま、家賃五万二千円のワンルームにひっそり暮らしている。
自分のような人間が、正社員になるべきではない。それが、岳が拒否し続ける理由だった。(中略) ——実は、殺人犯の息子なんです。 そう告げた後でも、所長が笑顔で同じ台詞を口にしてくれるとは思えなかった
岳の人生が一変したのは十五年前、彼が十二歳のときのこと。
岳の父である浅寄准吾は、ギャンブルにのめり込み、妻と息子に暴力をふるう男だった。岳の母親・香奈子は息子を連れて逃げ出し、新生活をはじめるが、やがて居場所をつきとめられてしまう。ついには、改造拳銃を手にした父が息子を人質にとり、母子のアパートにたてこもる事態に。近所の住人の通報でアパートは警察に包囲され、現場は膠着状態に陥る。母親をここに連れてくれば問題は解決すると考えた十二歳の岳は、アパートを飛び出す。ひとりの警官が岳を保護したそのとき、浅寄の銃が火を噴き、銃弾は警官の胸もとに命中。警官は死亡、浅寄は拳銃で自殺する……。
この悲劇の結果、岳の母親は職を失い、舞鶴のパチスロ店で働くことに。転入した中学校でひたすら目立たないように毎日をやり過ごす岳。その彼を救ったのが剣道だった。報道によれば、父に射殺された警官・辰野泰文は、剣道五段。その息子も道場に通っていたという。贖罪のような気持ちもあって剣道に打ち込んだ岳は、十七歳のときに母親のもとを離れ、剣道の恩師・柴田を頼って亀岡に引っ越すことになる。岳は剣道クラブでひたすら腕を磨くが、大会に出たことは一度もない。殺人犯の息子として、〈そういう日なたの世界に出てはいけない〉と思い定め、息を殺して生きてきたからだ。
しかし、ある日、剣道を通じて岳を生かしてくれた柴田が心筋梗塞で倒れ、一度でいいから公式戦に出てほしいと病床で岳に懇願する。こうして岳は、新たな一歩を踏み出す決意を固める。
亀岡に来てからの十年、岳は竹刀で作られた檻のなかで生きてきた。……しかし、自分の足で人生を歩む時期が来ているのも確かだった。……十年をかけて、柴田は岳を試合で通用する竹刀に育ててくれた
しかも、まもなく開かれる全日本剣道選手権の京都予選には、京都府警の特練(剣道特別訓練員)最強の剣士、辰野和馬もまちがいなく出場する。加害者の息子と被害者の息子が相見えるときが近づいていた……。
第二章「父の眼」では、射殺された警官の息子・辰野和馬に視点が移り、第三章「陰の絆」では両者の〝宿命の対決〟が真正面から描かれる。
デビュー時のインタビューによれば、著者は学生時代、体育会剣道部で練習に励んだものの、思うような結果は出せず、「自分より才能のある人を目の当たりにし、挫折も味わった」(ウェブ誌『好書好日』より)という。その経験からか、剣道シーンの描写は圧倒的な迫力がみなぎっている。
なんのひねりもない、ひたすらまっすぐなプロットでラストまで読者をひっぱり、有無を言わせずねじふせる筆力もすばらしい。重いテーマを扱いながらも、小説自体が重くなることはなく、どこか爽やかな空気を感じさせる。どこまでも清冽な青春小説だ。
書誌情報はこちら≫岩井圭也『夏の陰』
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