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特集

【選評】名だたる作家が大絶賛!3年振りの野性時代フロンティア文学賞受賞作『永遠についての証明』とは。

冲方丁さん、辻村深月さん、森見登美彦さんの三人の選考委員が絶賛し、圧倒的な高評価で野性時代フロンティア文学賞を受賞した『永遠についての証明』。
本書の刊行を記念して、第9回野性時代フロンティア文学賞の選評を公開します。

※こちらの選評は「小説 野性時代」2018年5月号に発表されたものの転載です。

冒頭部分の試し読みはこちら

永遠についての証明 岩井圭也(岩井圭吾改め)

【あらすじ】
特別推薦生として協和大学の数学科にやってきた瞭司と熊沢、そして佐那。眩いばかりの数学的才能を持つ瞭司に惹きつけられるように三人は結びつき、共同研究で画期的な成果を上げる。しかし瞭司の過剰な才能は周囲の人間を巻き込み、関係性を修復不可能なほどに引き裂いてしまう。出会いから17年後、失意のなかで死んだ瞭司の研究ノートを手にした熊沢は、そこに未解決問題「コラッツ予想」の証明と思われる記述を発見する。贖罪の気持ちを抱える熊沢は、ノートに挑むことで再び瞭司と向き合うことを決意するが――。

親子喧嘩 坂梨福朗

・最終候補作品
永遠についての証明 岩井圭也
嘘つき達のキッチン 小松知佳
親子喧嘩 坂梨福朗

選考委員/冲方 丁・辻村深月・森見登美彦(敬称略/50音順)

選評「動機と対立が生まれた瞬間を描こう」――冲方丁

 第9回の野性時代フロンティア文学賞の選考会は、これまでに比して、かなり短時間で結論に至りました。
 まず議論されたのは『嘘つき達のキッチン』で、基礎的なテクニックはひととおり習得しているという印象でした。ですが残念ながら、それ以外の必要なものが欠けています。まず主人公の動機、背負ったもの、対立が、あるかのように見えて、全てがすでに決着しています。そのため何をしても、誰と対面しても、緊張感が生まれず、先を読もうというリーダビリティに欠けているのです。主人公と周囲の人々が直面する問題は、どれもあらかじめ解決しているか、解決がたやすいものばかりです。そうなると、あたかも完全無欠な人々であるかのような印象となり、面白みが生まれません。主人公達にもっと何かを背負わせ、誤った選択を経て、正しく自分自身に回帰する物語を意識すべきでしょう。
 次に『親子喧嘩』について話し合われました。対決が明白であり、親子の視点を通して勝負へ赴く構成は、きわめて分かりやすく、共感しうるものとなっております。しかしその構成に甘えてしまっており、一つ一つの勝負での意外性がなく、主人公達の動機も最初から最後までさして変化がありません。読んでいる方は展開の予想がついてしまいますので、どこかでその予想を強烈に裏切らねばいけません。意外な真実、動機、出来事など、もっと畳みかけねばいけないのですが、終盤に行けば行くほど先を読ませる力が全般的に弱くなり、結論として「華がない」という評価になってしまいました。文章力も構成力もすでにおありですので、たとえば「息子が勝てば、父親の人生を変えてしまう」というくらいの深刻な緊迫感を全編にわたってみなぎらせられるよう心がけることで、もう一段上の作品が書けるはずです。
 最後に『永遠についての証明』ですが、選考の当初から高評価でした。筆力が大いに向上しており、書き切ろうという姿勢が素晴らしく、荒削りなところもむしろ魅力に思えます。失われたライバルを巡る物語として対立も明確で、ラストでのカタルシスも共感を呼ぶものとなっています。もっとこのライバルの天才性と挫折を強調することで、さらに光る作品になるでしょう。また、挫折そのものがあっけないと感じられては読後感にも響くため、人はどうなると挫折したと言えるのかをもっと考えて欲しいです。そのためには、数理を追い求める彼らの動機や対立が生まれた瞬間を、もっともっと深く探らねばなりません。
 三作とも、基礎的な物語作りのテクニックは十分身につけた上で書いている、という印象です。しかし、ただ上手に書かれたものほど退屈なものはありません。ある出来事の次に別の出来事が起こる、という出来事の羅列ではなく、主人公達の心情が劇的に変化していくことで読み手の心を揺さぶる作品を、是非とも目指して欲しいと思います。

選評「人の心を動かすもの」――辻村深月

 三年ぶりに受賞作を送り出すことができて、大変嬉しいです。
 受賞作『永遠についての証明』は、数学と、その才能に恵まれた天才という魅力的な題材を扱う物語です。とはいえ、近年は小説や映画、コミックなどで多く扱われる題材でもあるので、さて、この物語は何を見せてくれるのか─、と不安と期待を持ちながら、読み進めました。
 ごめんなさい。実はラスト近く、残りの枚数が少なくなるにつれ、「大丈夫なのかな?」「物語がちゃんと閉じてくれるのかな?」と心配しました。それくらい、天才だった親友を若い頃に亡くした主人公の後悔は大きいように思えたし、辿り着く場所についても読者として見えてくるものがなかったからです。
 しかし、その心配がラスト、滑稽なほどの杞憂に終わりました。クライマックスの数学の証明と、親友が過ごした森の描写、その文章力に圧倒されました。ここ数年の応募作の中では群を抜く筆致の美しさと勢いに魅せられ、気づくと、私も彼の証明を聞くひとりとして物語の中に引き込まれていました。
 著者の岩井さんは、二年連続の応募。昨年の応募作にも光るものがあって、受賞作とするかどうかが議論になりましたが、今年、この作品を読むことができたことを、選考委員としてとても幸せに感じます。昨年の応募作に囚われることなく次へ進んでほしい、という私たちの望みをこれ以上ない形で叶えてくださったように思います。
 描写力、着眼点、ともに素晴らしいので、今後はその筆の力にストーリーの展開や構成の妙をさらに加えてくだされば、書き手としては無敵だと思います。受賞、おめでとうございます。
『親子喧嘩』も文章が上手で、それぞれの思いをかけた父と息子の五番勝負の果てに、父が息子に「お前には家族がおるけんな」と声をかける場面には胸が熱くなりました。何より規定枚数ギリギリでの応募が多い中、短い枚数で挑んだことの潔さに、新人離れした才能を感じます。
 しかし、展開とストーリー、すべてが小さく整いすぎていて、この「よくできた物語」の枠を破ってくれるような「何か」をもう一押し、期待してしまいました。子の旅立ち、というのは、物語構成の定跡のようなものです。先の展開の予想がある程度ついてしまうというハンデを背負ってのテーマである以上、そこを打ち負かす何らかの新しさを見せてほしかった。あと、タイトルはぜひ再考を。親子の秘密が明かされることで胸に響く言葉になっていることは確かなのですが、この小説の魅力を表現するための引きになる言葉はもっと別にある気がして、非常にもったいないと感じました。
『嘘つき達のキッチン』。シェアハウス、料理、アラサー女性たちの悩み。すべてが誰かからの借り物の要素に感じられ、著者自身の「これを伝えたい」という切実な叫びが最後まで聞こえてきませんでした。私たちが読みたいのはその叫びそのもの。それがなければ、読者の心を動かすことはできません。

選評「正面突破の受賞作」――森見登美彦

 久しぶりに大賞を出すことができて嬉しい。
 受賞作『永遠についての証明』は、いわば「天才の栄光と挫折」の物語で、その点では同作者昨年の応募作「うつくしき屑」と共通している。私は前作にも心惹かれたが、中盤以降の失速が気になって推しきれなかった。しかし今作はその弱点を乗り越えている。正直なところ、ここまで正面突破してもらえるとは予想していなかった。
 今作を読んであらためて感じたのは、イメージの鮮やかさ、それを描きだす簡潔な文章の力である。ここで逐一引用することはできないが、心惹かれる文章がたくさんあった。登場人物たちにしても、さほど多くの言葉を費やさずに生き生きと描き分けられている。エンターテインメントを書いていくにあたって、これはたいへん強みになることだと思う。しかしながら私は数学にはまったく詳しくない。この小説で触れられている数学的概念については正直チンプンカンプンで、ファンタジーにおける「魔法」や、SFにおける「未来の科学技術」のようなイメージで読んだ。それだけでもじゅうぶん面白かったのでエンターテインメントとして成立しているとは思うが、もう少しクライマックスあたりの数学的概念が分かりやすく描かれていたら、「数学的エンターテインメント」として申し分なかったと思う。不満があるとすればそれぐらいである。受賞おめでとうございます。
『親子喧嘩』は将棋を題材にしている。将棋の世界といえばこれまでにも色々なフィクションで描かれてきたし、現実の将棋世界も人工知能や藤井聡太棋士の活躍など、現在進行形の話題に事欠かない世界である。ということは、かなり思い切った工夫をしなければ小説として個性を発揮できるものにならないということで、将棋と何を組み合わせるかが肝になる。しかしこの作品の「父と子の相克」という主題はそれこそ無数に描かれてきたもので、それだけではやはり物足りないのである。親子のやりとりは丁寧に描かれているし、最後の勝負もたいへん感動的だったが、それだけでは今新しく書かれるべき小説とは思えない。「将棋」「父と子」の他に何かもう一つ、作者ならではの要素が必要だったと思う。
『嘘つき達のキッチン』はさらさらと読める。それはいいのだが、登場人物たちの行動のあちこちに違和感があって、読みながら「?」がしばしば浮かぶ。登場人物たちが常識はずれであっても、面白ければぜんぜんかまわないし、その「常識はずれぶり」を使いこなすことができれば素晴らしいコメディになるだろう。しかし現在のかたちでは、読者は笑うよりも前に「はてな?」と首を傾げるしかない。「無難な小説を書け」というわけではないのだが、その弱点をなんとか上手く活用する方策を見つけだして欲しいと思う。


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