【池井戸潤『民王』待望の続編】総理大臣とバカ息子は、この国を救えるのか? 続編始動記念、前作のプロローグ試し読み。『民王』#1
民王 シベリアの陰謀
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あの「民王」が帰ってきた!
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ始動! 9月28日発売の単行本に先がけて、前作のプロローグ試し読みを特別掲載します。
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https://kadobun.jp/serialstory/tamiou_2/entry-41345.html
『民王』プロローグ試し読み#1
プロローグ
総裁選は終盤にさしかかっていた。
内閣支持率が低迷する中、首相の
「ちょっと話がある。時間をくれないか」
首相官邸に呼び出された
「ちょっと待ってくれ、総理。二代続けて、任期半ばの政権放棄はまずくねえか」
なにせ田辺の前任首相である
当然のことながら、民政党への風あたりはますます強まり、支持率は急落。先の参議院選で野党第一党の憲民党に歴史的な
その安西を継いだ田辺まで、就任一年でふたたび内閣総理大臣の職を
「俺はもう疲れたんだよ。頼む、辞めさせてくれ」
田辺は、いまにも泣き出さんばかりの顔で
「頼むといわれてもだな、国民がどう思うか考えてみろ」
痛みをこらえた泰山は幹事長としての威厳を言葉に込めた。のっぺりとした田辺の顔の中で、いまや力のない
「それはわかるよ。わかるし、ちょっとまずいとは思う。だけどさ、俺はもうダメなんだ」
田辺は弱々しくいい、少々
「誰だったら戦えるという話じゃない。そもそも、ねじれちまってるんだ」
泰山は
気持ちはわからんではない。連立を組む民連党に足下を見られ、臨時国会の召集日ひとつ自分の意見が通らない。
首相という職務にありながら、民連党の同意をとりつけなければなにもできない現実に、ほとほと嫌気が差したというのが、田辺の本心に違いない。
「いま政権が抱えている問題はあんたが辞任したところで、なんら変わるわけでもあるまい」
「だけど、
逃げたいが
「おい、目先の構図なんぞ変えてどうする」
辛抱強く、泰山はいった。「辞めたら負けだぞ。あんたが負けるんじゃない、民政党が負けるんだ」
「負けないために辞めるんだ、俺は」
もはや
田辺には、それが誤解であろうと、一度こうと決めたら聞かない子供じみたところがある。
なんとか説得して思い止まらせようと思っていた泰山の気持ちが、
「就任後、たった一年だぞ」
泰山は念を押すようにいった。「あんたの政治家人生において、首相の座につくチャンスはもう二度とないかも知れない。それを任期途中で
「もちろんだ、幹事長」
田辺は胸を張った。「そういうこともすべて考えた。
噓を
泰山はじっと田辺を見つめながら思った。就任演説の時には、誠心誠意、職務を全うするといったくせに。それをなんだ。
「わかった」
泰山は、そういうと両手でぱんと
「お願いします」
いまや一国の首相たる威厳の
ふたり続けての政権放棄は、無責任との
田辺の辞任によって、民政党はいまだかつてない
だが、それは同時に思いも寄らないチャンスを、泰山に運んできたといって過言ではない。
党内を見回した時、いま田辺政権を引き継ぐにふさわしい政治家は、この武藤泰山を
これは、神が俺に与えたもうたチャンスかも知れぬ。
官邸の同じフロアにある官房長官の執務室に向かいながら、そう泰山は思った。
田辺はもう終わった。
次に総理の座につくのは、誰でもない、この俺なのだと。
(つづく)
民王
著者 池井戸 潤
定価: 704円(本体640円+税)