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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.46

終盤のドライブ感が圧倒的! ――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『お化けのそばづえ』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

『お化けのそばづえ』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、参考文献ページを先に見るのは厳禁! な一冊。

 これこれ。こういうリズムが今のエンターテインメントに求められているんだろうな。
 まったくの予備知識なく読み始めた小説が、中盤から意外なほどおもしろく感じられてきて、最後は先が気になってもどかしくなるほどに惹きつけられた。なので褒めてあげたい気持ちでいっぱいだ。後谷戸隆のデビュー作『お化けのそばづえ』(ⅡV)が今回のお薦め作品である。
 ⅡVはドワンゴ発行でKADOKAWA発売のレーベルで、蒼山サグの作品などを刊行している。後谷戸隆は1986年生まれで、漫画原作なども手掛けている人だという。失礼ながらお名前は存じ上げなかった。
 この本、表紙や帯だけを見てもあまり情報が得られない。表紙見返しの内容紹介以上のことが書かれていないからだ。ざっとあらすじを紹介してしまおう。
 主人公の須磨軒人には、幼少期からずっと悩んでいることがあった。お化けが見えてしまうのだ。小学3年生のときにはついに、そのお化けに友達の亨くんが殺されてしまった。家を引っ越しても一時的にいなくなるだけで、そのうちにまた見えるようになってしまう。母親にもやがてそれが見えるようになるが父親は無頓着だ。そのこともあってか両親は離婚してしまう。父親と会わなくなると、なぜか怪しいものは出てこなくなったのである。軒人は父親こそがお化けの原因だと信じ、縁を切った。
 人生に平和が戻ってきた。軒人は大学で遠野羽月という女性と恋をし、やがて結婚する。子宝を授かったことがわかったある日、それは戻ってきた。再びお化けが見えるようになったのだ。羽月と胎内にいるこどもを怪異に巻き込んでしまった、と軒人は絶望する。
 序破急で言えばここまでが序か。このあと軒人は霊能者にすがってお化けを祓い落そうとする。除霊は成功したはずなのに、軒人の周囲から怪異は消えてくれない。これは自分自身の中に問題があるのだ、と確信した軒人がある行動に出るまでが破、それ以降は急にあたる。難があるとすればこの破の部分だと思う。一回目の除霊がうまくいかないのは残りページからいっても想定内で、段取りを踏んでいるように見えてしまうのである。急の部分からがおもしろいのだから早くそこに行かなくちゃ、という焦りが感じられる。作者もその点は自覚しているようで、羽月を自分から引き離すために軒人が離婚を考えるくだりなどは、直線的になりすぎるのを避けるために出しているのだろう。努力は買う。
 何かやる。うまくいかない。次に別の何か。これもうまくいかない。ああどうしたらいいんだろう。という展開は、書くのがなかなか難しい。どうしても段取り感が出てしまうからだ。だんご三兄弟のように、あるいは乾電池の直列のように、単に要素を縦に並べただけに見える構成を、私は芋つなぎと呼んでいる。言葉が悪くてごめん。ああ、これも芋つなぎなのかな、と思ってがっかりしかけたとき、ちょっとおもしろい箇所に出くわした。
 霊能者に失望し、安全確保のために羽月を実家に帰した軒人は寂しくなる。お化けも怖いから部屋を明るくしようと思い、ホームセンターに行って灯りを大量に買い込むのである。当然のように「こんなにたくさん買って、どうするんです」と聞かれる。聞かれるだろう、それは。やけになった軒人は「お化けがでるんで、明るくしようと思って」と本当のことを答える。すると。
――店員は一瞬、ぽかんとしたけれども、「同好の士を見つけた!」みたいな笑みを作りながら、「盛り塩やってみました?」と聞いてくる。おれは瞬きした。
「おれんちも、お化け、でるんすけど」
 なんだ、この会話。私は思わず姿勢を正してしまった。あれあれ、ルーティンで書き飛ばしているように見えて、そうではなかったぞ、という気持ちである。こういう会話が続く。
「もうやったよ」
「効かなかったすか」
「うん」
「おれもっす」と少ししょんぼりした顔で店員。
 軒人は「そんなもの勧めるなよ」と内心で苦笑するのだが、ちょっとだけ気持ちが上向きになる。このやりとりは話を前に進める上では必要のない寄り道だ。なのだが、ここがないとあるとではだいぶ印象が変わる。短兵急に前に進められるだけの話は、いったん気持ちが逸れてしまうと読者はそのまま脱落しかねないが、ときどきふっと緩む瞬間があると、そこに気持ちが引っかかって関心が復活する。かといって脱線しっぱなしでも駄目で、単にもどかしいだけの展開になる。そのへんの呼吸がよくわかっている作者のような気がした。
 もしかするといけるかもしれない、と思いながら再びページをめくり始める。上にも書いたように『お化けのそばづえ』の読みどころは序破急の急である。ここに入るといきなりドライブ感が増し、話がぎゅんぎゅん突っ走り始める。なるほど、と思うような情報が次から次に出てくるようになり、ページをめくるのが楽しくて仕方なくなる。それからどうなる、それから、それから、とページをめくると、それに応えるように作者はどんどん意外なことを書いてくる。こうなれば読者と作者でセッションをしているようなもので、どっちかが終わり、と言いだすまで止まらない。息つく間もなく最後まで読み切ってしまった。
 しかも、この急の間にも緩急の交替があり、オフビートな台詞などで一息入れさせてもらえる箇所があるのだ。これは絶対意識的にやっている。もしかすると漫画の呼吸かもしれない。大ゴマの続くクライマックスにふっと挿入されるコミックリリーフのコマの効果だ。そういうリズムが今の読者には心地よく感じることを知った上で作者は書いている。おれはエンターテインメントの骨法を知っているんだぞ、と文章が言っている。いくらでも読ませられるぜ。だって、読みたくなるだろ。そう言っているのだ。
 まったく期待せずに読み始めて悪かった。そして途中で失望しかけて申し訳なかった。後谷戸隆、いい新人である。ぜひみなさんに読んでもらいたい。ここまで文章のことについてばかり書いたが、盛り込まれたアイデアにも感心させられた。なので言っておきたいが、うっかりのネタばらしを避けるため、絶対に参考文献を書いたページは見ないこと。予見を持ってしまう可能性がある。ええ、そんなことするんだ、と驚けなくなってしまう。絶対だよ。


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