北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」 第7回 ほしおさなえ『紙屋ふじさき記念館』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
ほしおさなえ『紙屋ふじさき記念館』
これは、紙の世界に魅了された女子大生、吉野百花が、紙の記念館でアルバイトする日々を描く連作集だが、この後半に、日本橋髙島屋の屋上に象がいた、という話が出てくる。
百花の亡くなった父は吉野雪彦という作家だったが(新人賞を取ってデビューしたものの、大ヒット作はなく、死後10年以上たつとどこの本屋でもその作品は置いていない)、『東京散歩』という作品集があり、その中に「屋上の夜」という短編がある。
日本橋の歴史ある建物などをめぐるツアーに参加し、ガイドのおじさんが髙島屋の屋上に象がいたことを話したとき、百花は父のその短編を思い出す。あれは父の作り話ではなく、実話だったのだ。
デパートの屋上にホントに象がいたのか。ネットにたくさん記事が出ていた。昭和25年、屋上遊園地の目玉として、象の髙子はタイからやってきたのである。「髙島屋」だから「髙子」と名前を付けられたらしい。クレーンでカゴごと屋上に引っ張り上げられた。
それは大変な人気だったようだ。デパートの屋上がある種のテーマパークだった時代があったのである。小学校の低学年のころ、池袋のデパートの屋上で父親に聞いた話を、まだ覚えている。屋上の隅に大きな水瓶があり、そこを通りかかったとき、この中にスリが財布を捨てていくから掃除したら空の財布がいっぱい出てきた、と父は言った。幼い子供になぜそんな話をしたのか、わからない。
デパートの屋上にある遊園地は、胸躍る別世界ではあったけれど、同時に、魔が棲む世界でもあったのである――そんなふうに思ったのも、父のその言葉のせいだったのかもしれない。
象の髙子は、やがて上野動物園に、そして多摩動物園に移り、1990年、41歳で亡くなったという。500キロの体はその3倍になっていたので、クレーンで下ろすことは出来ず、階段で降りてきたと伝えられている。
▼ほしおさなえ『紙屋ふじさき記念館 麻の葉のカード』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000238/