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絵の背景を知って初めて感じる怖さがあります──中野京子『絵の中のモノ語り』レビュー【本が好き!×カドブン】
カドブン meets 本が好き!
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中野京子『絵の中のモノ語り』レビュー【本が好き!×カドブン】
書評でつながる読書コミュニティサイト「本が好き!」(https://www.honzuki.jp/)に寄せられた、対象のKADOKAWA作品のレビューの中から、毎月のベストレビューを発表します!
第39回のベストレビューは、作楽さんの『絵の中のモノ語り』に決まりました。作楽さん、ありがとうございました。
▼先月のベストレビュー
まさに「さっぱそうらん(大騒動)」! 読後は「博多通りもん」を片手に街を眺めてみたくなります。──三崎亜記『博多さっぱそうらん記』レビュー【本が好き!×カドブン】
絵の背景を知って初めて感じる怖さがあります
レビュアー:作楽さん
絵画のなかのモノに注目するスタイルで、32 点の絵画が取りあげられています。絵に描かれた場面、絵の一部のモノの役割など、ひとりで鑑賞していれば、見逃していたことをいろいろ知ることができました。
「怖い絵」の著者による本だけあって、絵のなかに直接的には描かれていない、恐ろしいモノがいくつか紹介されていました。ひとつは、『女占い師』という作品です。
ロマの占い師が、客である若者を占っているこの場面、ロマは彼に秋波を送り、彼は占い師が自分に惚れてしまったと自惚れ、ふたりのあいだに醸し出される微妙な雰囲気が描かれています。同時にこれは、ロマが薬指を巧みに使って若者の指から指輪を抜き取った瞬間を捉えたものだというのです。純情そうな好感のもてる若者が、一転して哀れな存在に見えてしまいました。
この『女占い師』は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの作品で、彼の作品にインスピレーションを受け、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、「怖い絵」の表紙になった『いかさま師』を描いたと言われています。そう言われると、騙す者のとぼけた表情と騙される者のうぶな顔つきが似て見えました。
それとは違った怖さを感じたのが、この本の表紙にもなっている『イザベラとバジルの鉢』です。14 世紀イタリアの詩人ジョヴァンニ・ボッカッチョの短編小説集『デカメロン』の一話を、19 世紀イギリスの詩人ジョン・キーツが恋愛詩に仕立て、それを下地にウィリアム・ホルマン・ハントが描いたのがこの作品です。
バジルは、フィレンツエの富豪の娘であるイザベラに大切に育てられているのか、すくすくと生長しています。イザベラが頬を寄せるこの鉢には、使用人でありながら、イザベラと愛し合うようになったロレンツォの頭部が埋まっています。恋人の頭を切り落として鉢に埋め、そこでバジルを大切に育てるイザベルには、そこに至るまでの相応の理由があり、同情を寄せたくなります。それでもなお、ここに一種の狂気を感じずにはいられません。
いっぽう、絵のなかのモノの役割で驚かされたのは、ピーテル・パウル・ルーベンスの『キリスト昇架』に描かれている磔刑の釘です。著者は、次のように紹介しています。
イエスの足は左右重ねられており、打ち付ける釘は一本。実は中世まではイエスに使用された釘は両手両足、計四本説が取られていた。時代が下るにつれ、このように計三本説が主流となる。
足を重ねることの絵画的効果は――本作に顕著なように――肉体の捻りによって動きが生まれることだ。処刑人たちの荒々しい動作に加え、イエス自らも肉体をよじって神の御許へと昇ってゆきそうなドラマとなる。動画を見慣れた現代人はいざ知らず、当時の人の目にこの絵は動いて見えたであろう。
釘の数など気に留めたことなどなかったので、細部が全体に与える影響の大きさに驚かされました。
この著者の解説を読むと、絵画が描かれた背景を知り、当時に思いを馳せながら鑑賞するのも、自らが感じたままに鑑賞するのと同じくらい楽しいと思えてきます。
▼作楽さんのページ【本が好き!】
https://www.honzuki.jp/user/homepage/no277/index.html
書誌情報
絵の中のモノ語り
著者 中野 京子
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2021年12月24日
ベストセラー「怖い絵」シリーズの著者が32のモノと物語に迫る!
身分違いの恋、救いのない終焉。
少女が抱える鉢の中には愛しき人の頭部!?
ルノワール、ミュシャ、ホッパー、クリムトなど名画に描かれたアイテムをもとに、歴史の謎や闇、社会背景、画家たちの思惑を読み解きます。
サージェント『カーネーション、リリー、リリー、ローズ』×「提灯」
ホッパー『ナイトホークス』×「煙草」
ファレーロ『サバトに赴く魔女たち』×「箒」
カラヴァッジョ『バッカス』×「ワイン」
ウッチェロ『聖ゲオルギウスと竜』×「ドラゴン」
クストーディエフ『マースレニツァ』×「馬そり」
ミュシャ『メディア』×「蛇の腕輪」
ヴ―エ『時の敗北』×「ラッパ」
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