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角川文庫キャラ文通信

【キャラホラ通信5月号】『銀塩写真探偵 一九八五年の光』刊行記念 ほしおさなえインタビュー

角川文庫キャラ文通信

「活版印刷三日月堂」シリーズが大ヒット中のほしおさなえさんが、角川文庫キャラクター文芸に登場! 写真に刻みこまれた人々の想いを巡るやさしい物語がどのように生まれたのか、じっくりうかがいました。

――本作が生まれたきっかけを教えてください。

ほしお:二十代のころ写真を習っていたことがありまして、当時はまだデジタルカメラはなく、撮影にはフィルムカメラを使い、自宅に暗室を作って、現像作業も行っていました。
 暗室で現像していると、化学反応によって光が刻印されている、ということがはっきり感じられます。それがとても面白く、写真が登場する物語はこれまでもいくつか書いてきました(『空き家課まぼろし譚』『みずうみの歌』など)。もともと写真のなかには時間が封じこめられている、という感覚があったので、今回はそちらを前面に出して、写真のなかの世界に入りこむ、という物語を書いてみようと思いました。

――写真の世界に入りこむというのは?

ほしお:フィルムカメラの現像では、フィルムから紙に焼き付けるときに、引き伸ばし機と呼ばれる機械を使用します。フィルムに光をあて、印画紙の上に像を投影するための機械です。
 この物語には、映し出された像のなかにはいることのできる、不思議な力を持った引き伸ばし機が出てきます。すべてが静止したモノクロの立体映像のような世界に入りこむことになるのですが、写真に撮影された範囲だけでなく、その世界はずっと遠くまで広がっていて、入りこんだ人たちはなかを自由に動くことができます。
 ただし、写真世界にはいる扉を開くことができるのは、その世界にあるものに強く惹きつけられている人だけ。その写真に写っている一瞬に思い入れがある人だけです。
 その世界のものはなにも動かないので、交通手段はありません。移動は徒歩のみ。その世界は静止していますが、入りこんだ人たちの時間は動いています。疲労もするし、お腹もすく。どの写真も、人がはいることができるのは一度だけ。一度人がはいって出てきてしまった写真には二度とはいれない。
 そのような制約のなかで、その世界にあるはずの「依頼人の見たいもの」を探していくのが、銀塩写真探偵の仕事です。

――読みどころはどこですか。

ほしお:依頼人の求める過去の一瞬を探し出す、宝探しのような物語で、写真に封じこめられた過去の風景の描写に力を入れました。同時に、依頼人がその一瞬を見ることで自分の過去に向き合う人間ドラマや、高校から大学に上がる春休み期間中の主人公が、大人の気持ちに触れることで変化していく様子も読みどころと思います。

――主人公はどんな人物でしょうか。

ほしお:真下陽太郎(ましもようたろう)辛島杏奈(からしまあんな)のふたりです。この物語は、ふたりが高校を卒業し、大学に上がる前の春休み期間中に起こった出来事が中心になっています。陽太郎はカメラ好きですが、スマホやデジタルカメラしか知りません。それが、高校一年のときに写真家・辛島弘一と出会い、銀塩写真の現像の現場を見て、弟子入りします。大学受験のためにしばらく写真を休みますが、合格後ふたたび弘一の住居兼スタジオを訪れ、そこで弘一の姪である杏奈と出会います。いるはずの弘一の姿がなく、ふたりで家のなかを探し回るうちに例の不思議な力を持った引き伸ばし機に触れ、写真の世界に飛ばされてしまうところから物語が始まります。

――主人公が弘一から銀塩写真を学んでいくくだりは、とても印象的でした。

ほしお:銀塩(ぎんえん)写真というのは、銀塩(ハロゲン化銀)を感光材とする写真技術をさします。古くは乳剤をガラス板に塗って使用していたそうですが、カメラが広く普及したのはフィルムが開発されてからです。デジタルカメラの登場以前、1990年代くらいまではみなふつうにフィルムカメラを使っていました。ただ、写真屋、現像屋というものがあったので、自宅で現像する人は少なく、像がどのように現れるかについて知っている人はあまりいなかったと思います。フィルムでもデジタルでもあまり変わらないと思っている人も多いかもしれません。でも、一度現像というものを体験すると、写真とはなにか、という見え方が変わります。光を受け止めることで銀塩が化学反応を起こす。写真とは光の跡、光による刻印、光による版画である、ということがよくわかります。暗室の時間は闇と親しむ時間でもあり、普段使わない感覚が呼び起こされるようなところもあります。

――お気に入りのキャラクターは誰ですか。

ほしお:辛島弘一(こういち)という写真家です。主人公・陽太郎の写真の師で、陽太郎に、写真とは光を受け止めること、と教えていく人です。不思議な力を持つ引き伸ばし機の持ち主で、長年写真探偵をつとめてきています。
 今回の物語は弘一自身が依頼人というような位置づけで、弘一の若いころ(1985年)の出来事が物語の要になります。大学時代、弘一自身にとって大事な出会いがあったのですが、卒業時にその記念となるものを紛失してしまっています。弘一はその後さまざまな事情で大学時代の記憶を封印して生きてきたのですが、ある出来事をきっかけにもう一度過去に向き合う気持ちになる。それで写真世界に行くことになるのです。
 独特の写真観をもち、人生すべてが写真のためにあるような人です。世渡りが下手なため世の中からは評価されないし、人生うまくいっているとは言えません。でも、そこにはあまりこだわっていない。人生あきらめモードになっていたところに陽太郎がやってきて、少しずつ変化していきます。不器用だけれども大事なものを持っていて、根底には生きることに対する愛があるのが良いところだと思います。

――最後に、読者に一言メッセージをお願いします。

ほしお:「ある一瞬」を探す「宝探し」とともに、写真にまつわる小ネタも散りばめてありますので、作品をきっかけに古い写真に興味を持っていただけたらうれしいです。なぜ写ってしまうのか、なぜ残ってしまうのか。写真自体がファンタジーだ!といつも思っています。


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