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レビュー

累計130万部突破「ジョーカー・ゲーム」シリーズの著者が令和の世に問う、もう一つの傑作スパイ・ミステリ! ――柳広司『アンブレイカブル』レビュー【評者:朝霧カフカ】

歴史の闇の中であっても輝きを放つ、「敗れざる者たち」の矜恃とは――?
『アンブレイカブル』レビュー

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書評:朝霧カフカ

戦争もの、というジャンルがある。
戦争映画、戦争小説。暴力と死が日常のぎりぎりにまで接近する世界で、われわれは何を考え、何を決断するのか。決してすたれることのない、不滅の物語領域である。
本書『アンブレイカブル』は、戦争小説だ。
だが、戦場小説ではない。
舞台となるのは、銃弾も爆撃もない、もうひとつの戦場。すなわち、戦争体制下の「生活」だ。戦時下日本の、人々にとって本来不変であるはずの日常がきりきりと歪んでいく物語だ。
歪みの名は、言論統制。

もちろん、平和な国での言論統制と、戦時下における言論統制は違う。
戦争という非常事態では、国家という主体が生存するために、国民が幸福をある程度抑圧される。それは、戦争を体験していないわれわれの世代であっても想像がつく。
だが、それでも「やりすぎ」のラインは存在する。
それも、いざ戦争になったら、政府は――というより、人間というものは――無自覚のうちに、一瞬でその「やりすぎ」のラインを超えてしまう。
その結果何が起こるか。
暴力、死。
国家による国民の圧搾。
それが本書が描き出す世界である。

舞台となるのは、4つの物語、4人の主人公。
プロレタリア文学の旗手・小林多喜二。
反戦川柳作家・鶴彬。
“消えた”記者の謎を追う満鉄社員・志木裕一郎。
希代の哲学者・三木清。
彼らの目線を通して、日本政府の言論統制が不可逆的に先鋭化し、手段と目的がすり替わり、言論統制のための言論統制となっていく様子がつぶさに描かれる。そしてそこには必然的に、理不尽で陰惨な流血の可能性がただようことになる。

とはいえ、これは決して暗い物語ではない。
戦争映画が決して暗いばかりの映画でないように、この小説には、国や政府がもたらす大きなうねりの中で人が懸命に生きようとする、力強さと希望がある。
たとえば、第一の物語「雲雀」では、気鋭の文士・小林多喜二と、彼を危険視する特高とのスパイ・ゲームが、特高の手先となった二人の一般市民の視点で描かれる。彼らは当局という圧倒的な力にひれ伏しながらも、まっすぐに人間を描き出そうとする小林多喜二の姿に、自分がどうあるべきかの問いを見出す。そして、特高が仕掛けた罠とその結末は、まさに珠玉のエンタメ小説と呼ぶにふさわしい。

そう、本書は面白い。
ただその面白さだけで、読む価値がある本だ。
本書を、言論統制は悪だと説く小説であると論じるのはたやすい。言論の自由肯定派による小説だと論じるのはたやすい。現在の日本政府にも似たところがあるからああだこうだ、と論じるのはたやすい。
でも、私はそれは大事なポイントではないと思う。
この物語は、言論監視の怖さについての話ではなく、戦争の悲惨さについての話でもなく、「人間についての話」だからだ。
特高の中にいる人間、その特高に尻尾を振る人間、国家の暴走に気づきながらぎりぎりまで手を打たない人間、あるいは、逮捕されながらも優しさを失わない人間。
人間の醜悪さと美しさ。何千年も昔から語られ続け、それでも決して興味の尽きることのない問い、「人間とは何か」への答えを描いた物語だ。
だから面白い。
だから読む価値がある。

本来、戦争に勝ち、国や国民を守るために設立された機関が、上意下達のシステムの中で、いかに動脈硬化し、優しさを失っていくものなのか。
国という巨大権力が怪物となり、国民をランダムに喰らうだけの装置に成り下がった時、人はどう動き、どう考えるのか。
そういった、「人間が生み出したシステムと、人間が戦う話」は、どのような状況の人であっても読むべき魅力のある物語であるし、読んだ後に必ず何かを胸の内に残してくれる。

前述の短編「雲雀」のしめくくり、語り部は、小林多喜二の小説の一文を、希望とともに思い出す。

“この船でも、またダメかもしれない。だが、小林多喜二の小説はこう呼びかけている。――だ!”

もう一度。
もう一度、この国に困難が押し寄せ、システムが個人の敵となった世界でも、われわれはうろたえることなく本書を携え、そして叫ぶことができるだろう。
――もう一度だ!

作品紹介



アンブレイカブル
著者:柳 広司
発売日:2024年01月23日

『ジョーカー・ゲーム』の著者が戦中を舞台に描くもう一つのスパイミステリ
歴史の闇の中であっても輝きを放つ、「敗れざる者たち」の矜恃とは――?

蟹工船の乗組員の谷は、内務省の役人・クロサキに雇われ、"プロレタリア文学の旗手"と称される小林多喜二の取材を受けることに。
だが現れた多喜二は、驚くほど気さくな青年だった。
仕事を早く終わらせたい谷は多喜二の尾行を始めるが――(「雲雀」)。
特高に監視されながらも川柳で時代と闘う鶴彬。
"消えた"記者の謎を追う満鉄社員の志木裕一郎。
稀代の哲学者・三木清。
信念を貫き続ける彼らに、クロサキの影が迫る。

累計130万部突破「ジョーカー・ゲーム」シリーズの著者が令和の世に問う、
輝ける男たちを描いた希望と感動のスパイ・ミステリ。


詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211000500/
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