小説を読むことの楽しさに目覚めること間違いなし!
『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』レビュー
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書評:「ゆる言語学ラジオ」水野太貴
読書が好きだと人に話すと、決まってこう聞かれる。「好きな作家は?」このとき自分は、趣味を打ち明けたことを後悔する。小説好きだと思われるのだ。
私が好きなのは、研究者が書いた教養書やポピュラーサイエンス、学術書といった類の本である。ある日勇気を振り絞って「橋爪大三郎先生」と答えたら、まったく伝わらなかった。
むしろ小説は、苦手意識にさいなまれてばかりだった。
大学生のころ、本好きの後輩に「文学が苦手だ」と打ち明けると、太宰治の『ヴィヨンの妻』(新潮文庫)を渡された。「先輩、これなら大丈夫です。絶対面白いですから!」と。
1週間かけて読み終わった後、自分の眼前にはただただ虚空が広がっていた。さっぱり引っかからなかったのだ。返した際に感想を求められたので、「あ……なんか、クズだったね……」と極薄の要約をひねり出したところ、二度と本を勧めてくれなくなった。ちょっと落ち込んだのでこの話を文学部の友だちに相談したら「それはお前が悪いだろ」と言われ、よけいに落ち込んだ。
こうした経験のひとつひとつが、自分を文学から遠ざけていた。気分はさながら青空文庫のすべてから拒絶されたようで、その切なさを埋めるために新書をむさぼり読む。そんな大学生活だった。
社会人になり、コロナ禍に直面した2021年、何気なく文庫化する前の本書を開いた。特に三島由紀夫『金閣寺』の解釈は私にとって新鮮で、これをきっかけに読み通した。
コンプレックスの多い若き僧侶が金閣寺に心酔する小説で、「美とは何か」という哲学的な問いに取り組んだ、しかつめらしい文学である。それを三宅さんは「アイドルを過度に理想化する、ややこしいオタクの小説だと思って読んだらどうでしょう?」と提案するのだ(こう結論だけ書くと過激な解釈に思えるかもしれないが、各所へのケアは抜かりなかったことを申し添えておく)。
自分の半生を振り返っても、文学を楽しんで読み通すなんて異例中の異例。「面白がり方さえ事前に提示してもらえれば、文学だってそこそこ楽しめるじゃないか」と嬉しく思ったものだ。
とはいえ私は三宅さんのような読書の達人ではないし、本書がナビゲートしてくれる小説はたった22しかない。では凡人はどうすればいいのか。その答えも本書にある。
「(前略)面白く読むために必要だと言ってるのは、体験ではなく、自分の経験する悩み、つまりは「テーマ」のことだ」
ここで私は、『ヴィヨンの妻』がなぜ楽しめなかったかの答えをもらった。
幸か不幸か、大学生までの自分には悩みらしい悩みがなかったのだ。それはすなわち、どんな小説を読んでもテーマと共鳴することがないことを意味する。そりゃあ文学が入ってこないわけだ。
自分のあまりの能天気さに恥じ入るばかりだが、とはいえこれは自分にとってかなり重要な指摘だった。周囲の小説好きはひとりとして、そんなことを教えてくれなかったから。
『ヴィヨンの妻』に叩きのめされてからもう6年が経とうとしている。人生に悩むことも増えた。今文学を手に取れば、すくいとれるテーマも増えただろう。
そして、仮に何も引っかからなくても問題ない。三宅さんはこうも言っているからだ。
「読む小説のテーマと、自分の現在のテーマが、呼応するかどうかは、タイミングによる」
そう、名作といわれる小説を読んでまったく琴線に触れなくても、それは自分のせいではないのだ。
こうした文学初心者のつまずきを、本書は先回りして丁寧に取り払ってくれる。「感受性やセンスが足りない」と自分を責める前に、一度目を通しておくだけで助けになるはずだ。
最後に、文庫化した本書を改めて読んでひとつ考えたことがある。あの時後輩は、私がどんな感想を抱くと思って『ヴィヨンの妻』を手渡したのだろうか。その答えを探るにはもう一度同書を開くしかないし、そしていつ読み返してもまったく違った答えが出るのだろう。
作品紹介
(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法
著 者:三宅香帆
発売日:2023年12月22日
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