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レビュー

「進める」ことを我慢して「深める」歪なバランスから生まれた感動のミステリー——辻村深月『琥珀の夏』【評者:吉田大助】

物語は。

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『琥珀の夏』辻村深月(文藝春秋)

評者:吉田大助



 エンターテインメントの作劇には、二種類のベクトルが存在する。ストーリーを前に「進める」ベクトルと、そのストーリーを織り成す、キャラクターの心理や世界観を「深める」ベクトルだ。「深める」を選べばストーリーの流れは止まるが、「進める」だけでは味わいが薄い。
 二年三ヶ月ぶりとなる辻村深月の新刊『琥珀の夏』は、「子供の時間と大人の時間の(不)連続性」や「女性二人の、ここにしかない関係性」といった、作家が書き継いできたテーマ群が盛り込まれながらも、新鮮な感触が持続する。「進める」と「深める」のバランスが真新しいからだ。
 短いプロローグで描かれるのは、弁護士の近藤法子が〈ミライの学校〉なる団体の代表者と言葉を交わす姿だ。のちの章で明かされる事実によれば、法子は小学四年生の夏休みに〈ミライの学校〉で一週間過ごしたことがあった。親元から引き離された子供たちが「先生」たちの下で共同教育を施される同団体は、オウム真理教事件をきっかけに今や「カルト的」と忌避されている。が、当時の法子の目から見たその場所には、学びがあり喜びがあった。その一つが、同い年の少女・ミカと結んだ特別な友情だ。三十年後の現在、かつて団体の施設があった場所から女児の白骨死体が発見された。「遺体が自分の孫かもしれない」という依頼人からの相談を受け、法子は真相究明のため〈ミライの学校〉の事務所を訪れる。プロローグの末尾に現れる一文は──〈見つかったのは、ミカちゃんなんじゃないか〉。
 骨は誰のものなのか? そんな謎がオープニングに掲げられた本作は、そこから一二九ページまで、ストーリーを「進める」のではなく「深める」。子供の頃のミカとノリコ(=法子)の視点から、〈ミライの学校〉はどのような場所であり、どのようなルールで子供たちへの教育が行われていたかをドキュメントしていくのだ。正直なところ、最初は「えっ?」となってしまった。この構成を採用することは、作家にとって大きな賭けだったのではないかと思う。しかし、ストーリーをなめらかに「進める」ことだけでは、消えてしまうものがあった。親元を離れた二人の少女がかつて、この場所で心細く震えていたという記憶だ。より厳密に記せば、第一章で描かれる未就学児の頃に〈ミライの学校〉に入れられたミカの記憶、現在時制の遺骨発見事件と直接の繫がりがないその記憶は、ここ以外に置きようがなかった。だから、ミカのために、場所を作った。
 読み終えてみると、この構成しかあり得なかったと確信できる。第一章で描かれたミカの体験が読者の中に記憶として残っているからこそ、最終章の展開に心が爆ぜるのだ。「進める」と「深める」の、この歪なバランスこそが、本作には必要だった。
 ラスト三分の一でガラッとジャンルが変わり、ひとつだけでも長編になり得る「人間性の発見」が無数に盛り込まれている点にも驚かされた。個人の悪しき部分だけに着目して断罪せず、個人の内なる多様性を認める包容力は、過去作よりひとまわり力強くなっている。探偵役となる主人公が、「過去に囚われた相手の心を溶かすためのロジック」を発見していくプロセスも圧巻だった。そして何より、「感動した」だけで止まらず、こんなにも何かを語りたくなってしまう誘引力は、辻村作品史上最強だと思うのだ。

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『僕が死んだあの森』ピエール・ルメートル 橘明美〔訳〕(文藝春秋)

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『僕が死んだあの森』ピエール・ルメートル 橘明美〔訳〕(文藝春秋)定価2,090円(税込)


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