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レビュー

コロナ禍を巻き起こしているのは人間である。ということは、止められるのもまた人間である——夏川草介『臨床の砦』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
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ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

『臨床の砦』夏川草介(小学館)

評者:吉田大助



 新型コロナウイルス感染症流行の第三波が日本に襲来していた今年一月、ニヒルな軽口で有名な大物政治家が「悪いのはコロナだから」と発言した。直接的には重症化率が低い若年層や飲食店などが感染を広げている……といった「悪者探し」はやめようという趣旨の発言ではあったが、具体的な感染抑止策を提案できない政治家の責任を棚上げしようとする意図は明らかだった。そもそも科学的な視点から「悪」の根源を問うならば、大自然の奥深くで潜んでいたウイルスという、寝た子を起こしに行ったのは、人間だ。
 きっかけを作った、だけではない。コロナ禍の狂騒を引き起こしているのもやはり人間であることが、小説『臨床の砦』を読めば分かる。著者の夏川草介は、累計三三七万部を数える『神様のカルテ』シリーズを代表作に持つ小説家であり、長野県で地域医療に従事する内科医だ。
 全三話構成の物語は、令和三年一月三日から幕を開ける。舞台は、北アルプスの麓にある信濃山病院。病床数は二〇〇床に満たないながらも、地域で唯一の感染症指定医療機関だ。前年二月にクラスターが発生したクルーズ船の感染者受け入れ時から、この病院でコロナ診療に携わってきたのが、四〇代の内科医・敷島寛治。「第一話 青空」で描かれるのは、周囲からは「冷静」「淡々」と評される敷島が、発熱外来にやってくる患者の変化から「異様な気配」を感じ、感情を波立たせていく様子だ。やがて一都三県に二度目の緊急事態宣言が発令されるが、コロナ慣れした街の景色は変わらない。医療現場と現実の空気が、ここまで乖離している理由は何か。ここに至っても、他の病院がコロナ患者を受け入れないとする理屈は通るのか。大量の患者をさばくため、軽症患者に「大丈夫です」と断言するシーンでは、〈胸の奥でかすかに小さなひびが入った音がした〉。医療を志した頃の理想とはかけ離れた、根拠のない言葉を口にしなければならないほど、事態は切迫していく。
 時の流れと共に「第二話 凍てつく時」「第三話 砦」と進む物語は、メディアの情報ではどうしても上辺だけしか掬い取ることができない医療従事者の現実を、内面的に追体験することができる。病院がコロナ診療と一般診療を両立することの難しさや「病床使用率」の意味するところを、腹の底から理解できたのは初めてだ。そして何より、コロナ禍を巻き起こしているのは人間であり、相互不信であり利己的な言動の連鎖であるということを。例えば、敷島は〈苛立ちや焦りは周りの人間に容易に伝染する〉と考える。〈負の感情のクラスターは何も生み出さない。皆が自分の都合だけをわめき続ける世界は、どう考えても事態を改善することはない〉。しかし、それこそが今の現実だ。
 災と禍は、同じ「わざわ(い)」でも意味が違う。〈「災」が主に運命による災害を指すのに対して、「禍」は人間の営みによって起こされるものまで含めていうのが、この二つの違いである〉(円満字二郎『漢字ときあかし辞典』より)。コロナ禍を巻き起こしているのは人間である。ということは、止められるのもまた人間である。エンターテインメントとしての巧みな作劇を実現しながら、『臨床の砦』はそのことを教えてくれる。

あわせて読みたい

『コロナ黙示録』海堂 尊(宝島社)

『チーム・バチスタの栄光』から始まる人気シリーズの田口医師、厚労省技官の白鳥、〝北の将軍〟速水らオールスターが、クルーズ船のクラスター発生をきっかけに始まった新型コロナ第一波に臨む書き下ろし長編小説。発売日は2020年7月10日。帯の文言は「世界初の新型コロナウイルス小説」。


書影

『コロナ黙示録』海堂 尊(宝島社)定価1,760円(税込)


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