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(評者:今泉 忠明 / 動物学者)
タイトルだけ読むと、最初、食に関する軽い生物学雑話集かと思うかもしれない。お皿に載った魚や肉、あるいはサラダなどの植物にまつわる蘊蓄をエピソード的に語りかけてくるというテレビ的なお話を想像した。ところが、である。読むほどに奥が深いことがわかる。
この本は大阪大学などで語った1回の講義を1つの章としており、第1章とはやらずに第1講から始まる。第8講まであるが、たとえば第5講に「お刺身の話」がある。これはよくテレビでやっている魚の刺身の作り方とか、「しこしこして美味しい」、「とろける~」という単純な話かと思いきや、刺身は魚を切って並べただけじゃないというところから面白い。魚の解剖学から始まり、背骨などの話からぎっくり腰の話に立ち寄り、女性が好むコラーゲンに触れ、筋肉の解剖学を解説したかと思うと赤身魚と白身魚、生臭いワケ、そしてうま味の話、ついでに寄生虫学に立ち寄り、私の大好きな醤油の話になったかと思うと包丁の片刃と両刃の話で終わる。この展開が軽妙である。
本書は阪大の講義で話されたテーマが中心だと書かれている。実際にこの講義を受けていたら、たぶんこの本の中身のような展開に頭が追い付かず、あっという間に一つの講義が終わっていることだろう。その意味で文字になっているのが助かる。「ん?」と感じた部分を何回でも読み返せるからだ。
講義の場合、私は話が動物のことであっても、1つのテーマ、たとえば魚の解剖などだけだと5分から10分ほどで飽きてくる。いや、集中するから脳が疲れると言っておこう。脳が勝手に暴走し、目はうつろになり、講義とは違うことを考え始めるのである。だから講義が終わったときには、なんの講義だったかすら忘れてしまう。ところが、本書は違う。脳が勝手に妄想を生み出そうとする時間が経過したとき、テーマがちょこっと変わる。背骨の話題からぎっくり腰に変わるのだ。すると脳は新鮮な話だから集中する。ところがまた5分くらいを過ぎると朦朧としそうになってくる。そのタイミングで話がまたコロッと変わるから、また新たに湧いた好奇心で聞いていると、またコラーゲンなどという少し離れた話に飛ぶ。そう、話が飛ぶ間合いが絶妙なのである。
私は講義とはそうでないといけないと思っている。学問とは総合的な知識を学ぶものであるから、関連する話をエピソード的につなげていくと、幅広い知識を得ることになる。ある生き物の知識だけでなく、その文化的側面や歴史的な背景を関連付けて同時に学ぶと妙に面白いのである。
この先生(著者)は、何にでも詳しいな、と感心しながら読みふけっているうちに、なるほど、そうだったのかと納得してしまう。知識の幅の広さがないと、こうはいかない。
第1講は「味の話」、第2講「色の話」、第3講「香りの話」、第4講「温度の話」ときて第5講が前に述べた「お刺身の話」、そして「食器の話」、「宴会料理の話」と続き、第8講の「季節の食品の話」で終わる。この章(講)立てを見ただけでも明らかに料理本にふさわしい。だが内容は前記の通りで単なる料理本ではない。生物学から始まって、食の文化や歴史など、幅広い知識が詰まっている。
ちなみに、読み終えるとつい人に話したくなる知識満載だが、軽く読んで話してはいけませんよ。真に理解してからでないと、とんだ恥をかきかねません。それだけは注意しておいた方がよいでしょう。
知的好奇心を十分に満足させてくれるちかごろでは稀な貴重な1冊である。
▼小倉明彦『お皿の上の生物学』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000900/