本書は、2018年、第71回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞した「偽りの春」を含む連作短編集である。サブタイトルからもわかるように、神倉駅前交番に勤務する〝おまわりさん〟狩野雷太が、本書の通しキャラクターで、彼をホームズ役として、収録作五編の謎が解かれていく。
五編に共通しているのは、どれもが倒叙ミステリの体をとっていること。倒叙ミステリというのは、最初から犯人が明らかにされているミステリのことで、「刑事コロンボ」やテレビドラマの「古畑任三郎」、東野圭吾さんの直木賞受賞作『容疑者Xの献身』がそれにあたる。本書はその倒叙にもう二つ仕掛けがしてあるので、倒叙ミステリの体をとって、と書いた次第で、実はその〝体〟が本書の肝でもある。
冒頭の一編「鎖された赤」は、幼い頃のある記憶に囚われ、それが自身の性的な嗜好に繋がっていることを自覚している大学生男子・宮園尊が、認知症を発症し、介護施設へ入居した母方の祖父――とはいっても母方の祖母の再婚相手であるため血縁関係はなく、付き合いも密ではなかった――の家の整理に出向いたことから、物語が動いていく。祖父の書斎、机の引き出しにあった鍵。それは、家の裏にある蔵の鍵だった。その鍵で蔵に入った尊は、その蔵こそが、自分の昏い欲望を充たすための場所だと確信する……。
表題作であり日本推理作家協会賞受賞作でもある二編めは、仲間の老女三人と青年一人とで詐欺グループを作っていた水野光代が、仲間の裏切りにあい、さらには一千万円を要求する脅迫状が届いたことをきっかけに、ボロを出してしまう、というのが大筋。
三編めの「名前のない薔薇」は、前科持ちの泥棒である主人公・祥吾が、想いを寄せられた女性との関係を断ち切るため、自らの素性を明かしたところ、その女性から薔薇を一輪盗んで欲しい、と頼まれる、というのが出だしで、そこから思いもかけない地点へと、物語は転がっていく。
四編めの「見知らぬ親友」は、女子どうしの友情の複雑さをメインに、美術の〝才能〟を絡めたストーリーで、その〝才能〟の部分が、最終話である五編めの「サロメの遺言」に繋がっていく、という構成になっている。
どの一編をとっても、読者には〝犯人〟が提示されていて、そこは倒叙ミステリではあるのだが、前述で、倒叙ミステリの〝体〟と書いた通り、本書にとって倒叙ミステリとは入れ物の形に過ぎず、本質はその先にある。では、その先とは何か。
一つには、タイトルからもわかるように、狩野雷太という一人の警官の、推理の妙。実はこの狩野、かつては「落としの狩野」と呼ばれるほどの、取り調べの鬼だったのだが、とある出来事をきっかけに刑事をやめていた。今は神倉駅前交番勤務の警官、である。
この狩野が、飄々とした雰囲気と、それとは裏腹に何一つ見逃すことのない鋭い観察眼、そして並外れた警官としての〝嗅覚〟で、詰め将棋のように犯人の退路を塞いで追い込んでいく様は、読み応えたっぷり。へらへらとした物腰からは想像がつかないほどの、シャープさなのだ。とはいえ、狩野が物語の前面に出てくることはなく、あくまでも犯人の視点からであり、狩野の全貌を描くのではなく、折々にチラ見せ、というのが、なんとも心憎い。
もう一つは、倒叙ミステリというスタイルを逆手に取ったサプライズが、各物語のなかに仕掛けられていること。そのサプライズが、登場人物たちの心理に絶妙に絡んでいる、というのがいい。とりわけ、「偽りの春」「見知らぬ親友」は、それが実に鮮やかで、読後の〝ヤラレタ!感〟も心地よい。
狩野の部下である月岡、狩野の元同僚である葉桜、と脇もキャラが立っていて、シリーズ化を期待したくなる一冊でもある。
書誌情報はこちら≫降田 天『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』
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