AI(人工知能)の発達が私たちの生活を大きく変える、と連日報じられている。いまある職業のうちAIが代行できるものがこれだけあるとリストアップされたり、新サービスのウリがAIを使っていることだったりする。AIは私たちの生活をどう変えるのか。そんなホットな話題を扱った小説が登場した。
新谷凱は埼玉の片田舎でやんちゃな少年時代を過ごした。高校時代は授業に興味が持てなかったものの、携帯電話販売のアルバイトに才能を発揮しデジタルデバイスに興味を引かれる。大学では「変人たれ」と学生を鼓舞する教授と出会い、人工知能の可能性に触れて目が覚める思いをする。それまで勉強に集中できなかった凱が初めて夢中になったのが人工知能だったのである。卒業後は老舗の電気機器メーカー、エッジに入社し、「しゃべる掃除機」の開発に関わる。だが、会社は業績が傾き台湾企業に身売りしてしまう。退職した新谷を待っていたのは、大学時代の恩師が立ち上げたAIに特化したベンチャー企業だった。
『人工知能』には二つの物語がある。一つはいま述べた新谷凱という男性の生い立ちと、人工知能との関わりだ。読者は新谷とともに人工知能とはどういうものかを一から学んでいく。もう一つはプロローグで描かれる事件の真相だ。イースト自動車が開発した自動運転自動車が突如暴走し、経済産業省の役人を撥ねてしまったのだ。事件は人工知能のエラーなのか。だとすれば、なぜ人工知能は誤ったのか。この事件には、私たち人間がAIに漠然と抱いている不安が象徴されていると言えるだろう。新谷はやがてこの事件と深い関わりを持つことになる。
人間がインプットした情報のみならず、コンピュータ自らが情報を収集し、解析精度を上げていく「ディープラーニング」によって、人工知能は人間を超えるとさえ言われている。そのとき、人間社会はどうなるのか。人間が労働から解放され、真に自由で豊かな生活を送ることができると考えるオプティミストと、人間の仕事が奪われ、一部の人間がAIの利権を握ることで貧富の差がますます増大し、社会が不安定になると考えるペシミスト。議論は両極端になりがちだ。
『人工知能』はフィクションではあるが、AIの知識を読者に与え、ありうべき危険性と、豊かな可能性の両方を示している。そして、人工知能の可能性を切り開くのは、新谷のような型にはまらない発想ではないか、とも。
幸田真音は外資系金融機関で債券ディーラーなどを経て作家として活躍している。『日本国債』のような国際的な視点による経済小説のほか、高橋是清を描いた歴史経済小説『天佑なり』、IT技術を扱った『Hello,CEO.』などの未来志向の経済小説などその領域は幅広い。『人工知能』は『Hello,CEO.』の系譜に連なる作品であり、ほかの作品同様、専門的な知見を物語に落とし込み、楽しんで読める小説に仕上げている。
人工知能という最新テクノロジーと出会い、未知なる大海に漕ぎ出した新谷凱という青年とともに、私たち読者も未来へ向けて新たな冒険に出る。そんなワクワク感を与えてくれるエンタメ作品だ。
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幸田真音『あなたの余命教えます ビッグデータの罠』(KADOKAWA電子書籍)
DNA解析、データマイニングなど最新技術を題材にした肩の凝らないミステリ。五十六歳の平凡な会社員、永関は余命を正確に測定するサービスがあることを知る。永関のほかにも事情を抱えた人たちが集まってきて……。新技術は私たちの生活をどう変えるのか。
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