【カドブンレビュー】
機械水雷。略して機雷。水中に設置され、艦船が接近・接触したとき、自動または遠隔操作により爆発する水中兵器。
太平洋戦争末期、米軍は日本と中国大陸・朝鮮半島との航路を封鎖し、食料などの輸入を妨げるため日本周辺の海域に12,000個を越える機雷を沈めた。これを「飢餓作戦」といい、終戦後も多数が日本周辺海域に残存したため、70年以上を経た現在も当時の機雷の発見、解体は続いている。
日本ほど、この機雷に苦しめられ続けてきた国はほかにない。
1991年、湾岸戦争後のペルシャ湾で機雷が爆発、EOD(水中爆発物処分員)の体が吹き飛ぶという衝撃的なプロローグで『ゲーム・メーカー』の物語は始まる。
舞台は現在に移り、2018年。霧雨が降る早朝の東京湾で、大型高船が相次いで爆発炎上。この事案は何者かによって海中に仕掛けられた機雷の爆発と判明、ただちに海上自衛隊は対潜水艦戦、対機雷戦を開始する。
日本に対して外部から武力攻撃を仕掛ける正体不明の敵に対峙する内閣総理大臣官邸、掃海隊群司令部、全国に点在する陸・海・空自衛隊基地、浦賀水道周辺に展開する掃海艦艇・護衛艦と、それぞれに視点を目まぐるしく変えながら、物語は息つく間もなく進む。
東京湾が一面機雷原と化し、海運が長期にわたって断絶。それにともない日本経済は大打撃を受け、株、為替の暴落で締めあげられる。自国の航空機や艦艇が撃墜・大破される光景を目の当たりにしながら、決断力に欠け、消極的対応に逃げる政治家や官僚たちはこの非常事態に対処しきれず、被害は拡大していく。そして実戦経験もなく、自衛のためですら必要最低限の武力行使しか認められていない自衛隊もまた、容赦ない戦闘を仕掛けてくる敵を前に苦境に陥る……。
朝鮮半島からアメリカ領土を直接攻撃できるような超長距離弾道ミサイルが存在する現代を舞台に、国際情勢と経済活動の特性、日本の防衛戦略を背景にして、あえて機雷戦が描かれるこの“虚構”はしかし、読み進めていく端から“現実”が追いついてくるようなリアリティに満ちている。
東京湾の機雷封鎖は決して実現不可能な作戦ではなく、機雷は今も日本を苦しめる兵器であることに変わりはない。そして人が想像できることは、だいたいが現実となり得、その現実はいつも人間の想像を超えてやってくるではないか。
『ゲーム・メーカー』はエンターテイメント作品だが、正直にいうと誰もが楽しめるタイプの作品ではないだろう。
登場人物は多く、場面転換も目まぐるしい。無駄なシーンはことごとく削ったかのように、人物や物語に愛着を持つ間もなく刻々とすべてが進行していく。専門用語を駆使した会話や文章は難解ですらある。もっと言い切ってよいなら軍事オタク向けだ。
それでも、ふだんこのジャンルには手をださないという人にも、ぜひ本書を読んでもらいたい理由がある。ここで描かれているのが「現代の戦争」であるという点だ。
「現代の戦争」は、もう前世紀のそれとはまったく違う。兵器や兵士の数がイコール軍事力と考えられていた時代、核が抑止力と考えられていた時代の戦争観はすっかり変容し、今戦争は、国対国、民族対民族という体すらなさなくなってきている。
多くの記録映像によってみる戦争、多くの文学や映画によって描かれてきている戦争とは、始まりかたも戦いかたも、理由さえ違うものになっているのだと、多くの人に『ゲーム・メーカー』を読むことであらためて知ってほしい。
この物語のなかでは、政治家や官僚に傑物が現れるわけでもない。自衛隊が便利な最新兵器を持ち出してくるわけでもない。英雄などどこにもいない。まるで現実のように。
「現代の戦争」を突然仕掛けられたとき、日本はどう対応し、乗り切るのか。
今はまだ虚構のこの物語は、いつかよく似た現実になるかもしれない。そう思いながら読んでみてほしい。戦争もテロも、決して対岸の火事などではない。
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