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レビュー

シェアハウスで過ごした日々の謎と友情と 『さよなら僕らのスツールハウス』

 スツールとは、背もたれのない一人掛けの椅子のことだ。つまり、腰掛け。シェアハウスの名称が〈スツールハウス〉とくれば、人々が人生の一時期に〝腰掛け〟として居住する場所、というイメージが湧いてくる。岡崎琢磨の新作『さよなら僕らのスツールハウス』は、そんな一軒家を舞台に、各部屋の住人である若者たちが、さまざまな謎と向き合う姿を描く青春ミステリ連作集である。
 関東のどこか、海に近い街にあるシェアハウス〈スツールハウス〉。部屋は六室、家賃格安で初期費用不要という手軽さに、何らかの事情のある、比較的若い人たちが集まってくる。オープン当初の六人から始まり、少しずつ住人が入れ替わっていくなかで、各時期にそれぞれが奇妙な出来事に遭遇するいわば〈日常の謎〉ミステリ連作集である。ただ、特徴的なのは、どれもみな、シェアハウスを退去した人たちがその後時を経て、当時に絡む謎を解き明かしていくというつくりになっている点である。
 司法試験浪人だった頃に住人だった青年は、当時同居仲間だった女性が結婚するという連絡を受け、メッセージ用の写真を撮って送る。が、式の当日その写真が紹介されることはなかったという。それはなぜかを切なさたっぷりに解き明かす「メッセージ・イン・ア・フォト」。
 元同居人たちが久々に集まった日、彼らの話題は当時の奇妙な事件に。鍵のかかったバスルームからシャワーの音がしたのに、中は無人だったというなんとも不思議な出来事が続いたのだ。時を経た今一人の青年がその謎を解き明かすと同時に、知りたくなかった辛い事実も浮かび上がってくる「シャワールームの亡霊」。
 元同居人の一人で〝太陽のようだった〟女性から連絡を受けて久々に会った青年が、彼女から浮気夫のアリバイトリックについての相談を受け、後日推理を披露した後に意外な思いを告白する「陰の花」。
 出版社に就職した女性が、十五年もスツールハウスに住んでいた寡黙な女性、素子の秘密を知ることになる「感傷用」、その素子(もとこ)の視点から語られ、やがて読者をはっとさせる事実に辿り着く最終章「さよなら私のスツールハウス」。
 各章で時間は少しずつ進んでおり、つまりは登場人物も少しずつ入れ替わっていくわけだが、どの話にも顔を出すのが、ずっと住み続けている素子である。
 また、他の登場人物も、まだ自分の将来も定まっていない〝腰掛け〟的な一時期に残してきた忘れ物と向き合っていく。それはどれも非常にほろ苦い体験だ。ただ、救われるのが、その謎の解決を乗り越えた時に浮かび上がってくるのがどれも〝和解〟であることだ。ずっと心のどこかでひっかかっていた謎を見直し、その真実と向き合った時、人はまた分かり合うことができるし、新たな一歩を踏み出すこともできる。そう伝わってくるから、切なさがたっぷりつまった話のどれもが、最終的には温かく優しい光を感じさせるものとなっているのだ。
 さまざまな作風を持つ著者ではあるが、のちに人気シリーズとなるデビュー作『珈琲店タレーランの事件簿』の時から、彼は青春のほろ苦さを繊細に掬い上げることを得意としていると感じる。本作ではその苦みの源は、どれも人間関係に基づいたものとなっている。もう修復できないと思われた関係性も、もう一度向き合うことで新たな見方ができるのだ、と、どの話も優しく諭してくれている。そこに絡む謎もそれが解き明かされる過程も、各章の主人公たちと読者にだけ真実が分かる展開あり、物理トリックありとバラエティー豊かで、もちろんミステリの側面でもたっぷり楽しませてくれている。
 人間ドラマを誠実に見つめる眼差しと、丁寧な構成力という著者の美点をたっぷり堪能できる一冊である。


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