「暴力団博士」の異名を取る研究者による新書である。暴力団を辞め、介護施設で働く小山さんの半生を描いた第一部「リアル任侠ヘルパーの見た世界」と、暴力団離脱者問題の研究成果をまとめた第二部「ヤクザの辞め方」で構成される。新聞はもちろん、実話誌でも、なかなかお目にかかれないリアルな暴力団の実態が描かれている。私も警視庁の記者クラブに身を置き、暴力団取材をしてきたが、本書を読むまで知らないことが多かった。
第一部は、小山さんの独白形式で、テンポよく物語が展開する。福岡の複雑な家庭で育った小山さんは中学一年で不良となり、漫画『ビー・バップ・ハイスクール』のモデルになったヤンキー高校へ進学する。
どげん思い出しても喧嘩しかせんかったですね
愛嬌のある博多弁が小気味よい。
高校を中退した後、紆余曲折を経て任侠の世界へ。福岡に本部を置く組の枝(下部組織)に所属。その生活は、波瀾万丈の一言に尽きる。
近年、暴力団組員の高齢化が進む。組員になろうという若者が減り、負担を軽くするため当番を廃止する組も出始めている、と警察幹部に聞いたことがある。これまで「当番が大変」と言われてもピンと来なかったが、小山さんの話で腹に落ちた。
当番が回ってくると、服、防弾チョッキ、カバンに鉛板を入れた盾を用意し、組事務所へ向かう。前の当番から引き継ぎを受け、正午からスタートだ。幹部会や定例会に備え、会場とトイレ、玄関先の掃除から始まり、オシボリ巻き、湯飲み、灰皿のセッティングまで。「昔のOLでもやっていたことじゃないか」と考える読者に対しては、こう力を込める。
まったく違うとですよ、レベルが
例えば、オシボリ巻きは、各幹部の好みの巻き方を覚え、温度に気を配る。開いて渡すか、トレーに載せて渡すかも、幹部によって異なるという。
さらに「ドンパチ」があれば、拘束時間がヨンパチ(48時間)からクンロク(96時間)になり、組事務所に缶詰めとなる。当番に追われ、自分のシノギもままならないため、小山さんはツネポン(覚醒剤の常習者)の組員に一万円で当番を押しつけていた、と明かす。
本書では、ベールに包まれたシノギについても触れられている。さすがに、扱った「ブツ」については、「カタイ商品」「ヤワイ物」と、穏当な表現に留めているが、マレーシアやオランダ、トルコに仕入れに行く様子は生々しい。ルフトハンザ航空でフランクフルトに入って一泊し、そこから欧州の高速鉄道ICEでオランダ入り。『地球の歩き方』を片手に、「アイ、ワナ、ゴー、ツー、アムステルダム。チケットプリーズ」。随分、国際的である。
そんな生活もいよいよ終わりを迎える。逮捕、収監を機に、組に「離脱届」を出し、出所後、小山さんの第二の人生がスタートする。
就職率二%——。第二部の冒頭で登場する、暴力団を辞めた後、就職できた人の割合だ。職業訓練校を経て介護施設で働くことができた小山さんは、極めて希なケースと言える。その小山さんでさえ、職場で陰湿なイジメを受け、一度は辞めている。海外マフィアと丁々発止やり合った元組員が、「素人のイジメ」に心を病む場面は、考えさせられる。
日本社会は、決して暴力団離脱者に寛容ではない。銀行口座の開設や、自分名義で家を借りることもままならない。社会復帰ができなかった離脱者はアウトローとなり、ドラッグの密売や、振り込め詐欺、覆面ギャングなどの犯罪に手を染める。いや、染めざるを得ないと言った方が適切か。
暴力団対策法や暴力団排除条例の施行で、暴力団はシノギが細り、追い詰められている。著者は、この状況を「暴力団というセーフティネットの機能不全」と書く。より危険なアウトローを生み出さないためにも、離脱者対策を真剣に考えなければいけない、との提言は的を射ているだろう。
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