【カドブンレビュー9月号】
時を隔てて発生した2つの幼女殺害事件。
7年前、連続幼女殺人犯として逮捕され死刑判決を受けた男が、無実を主張しながら服役中に自殺した「田宮事件」。
そして7年後、再び起こった幼女殺害事件の捜査を進める船橋署捜査一課の香山巡査部長と部下の三宅、増岡らは今回の事件が「田宮事件」の手口と酷似していることに気付く。そして捜査が進む中、2つの事件をつなぐ新たな証拠が見つかるのだが…。
7年の時を経て、真犯人が再び動き出したのか。
もしそうであれば「田宮事件」は冤罪だったのか。
2つの事件の真相は果たして…。
『冤罪犯』は、強引な取り調べや杜撰な捜査によって、無実の人間を犯人に仕立て上げてしまう「冤罪」を扱った警察小説だ。
この作品には、世の警察小説に度々登場するような鋭い閃きで事件を解決に導く切れ者刑事も、派手なアクションを繰り広げる豪腕刑事も登場しない。主人公の香山ら捜査に関わる刑事たちは、丁寧に事実を積み上げ、経験を元にした推察を一つずつ裏付けていくことで真実に迫っていく。その様子を淡々と描写する飾り気のない文章は、おそらく実際の捜査もそうなのだろう、というリアリティを感じさせる。
香山らを目の敵にする同じ捜査一課の上司、入江警部補との確執など、不穏な空気を漂わせる捜査本部内の人間関係を描きながら、徐々にその全貌を露にする2つの事件。
冤罪を訴え獄中で自ら生命を断った死刑囚田宮、その無実を訴え声を上げる実姉、自殺した当時の捜査関係者、何かに怯える警察上層部……「田宮事件」が冤罪であった可能性を示唆する状況の連続に読者の緊張が最大まで高まった時、2つの事件は意外な繋がりをみせ、香山は真実にたどり着く。
驚くべき結末であることは間違いない。
だが現実の事件もこうした「想像もできない」偶然の積み重ねが事件をより難解なものにし、真相の解明を困難なものにしているのではないか、と思わせる奇妙な説得力がある。こうした物語の結末は往々にして「ご都合主義」と呼ばれることがあるが、果たして重なり合った偶然とほんの少しの悪意が作り出す「ご都合主義」は現実世界にもゴロゴロ転がっているのでないか。私にはそう思えてならない。
『冤罪犯』は、謎解きの意外性もさることながら、そんな不可解な事件に果敢に立ち向かい、些細な綻びすら見逃さずに愚直に真実を手繰り寄せる香山らの、刑事としての矜持を感じさせる硬派な警察小説だ。