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レビュー

妖怪好き必携! 「鬼」の起源に迫った名著。五来 重『鬼むかし 昔話の世界』文庫巻末解説

五来 重『鬼むかし 昔話の世界』

ナマハゲ、節分の鬼……年末から春にかけて鬼が登場する行事が続きます。
こぶとり爺さん、桃太郎などの昔話をひも解きながら、鬼の起源に迫る『鬼むかし 昔話の世界』。
妖怪研究の第一人者・小松和彦先生の文庫解説を特別公開します!



五来 重『鬼むかし 昔話の世界』文庫巻末解説

解説
小松 和彦(国際日本文化研究センター名誉教授)

 著者の五来重は、一九〇八(明治四一)年、現在の茨城県日立市に生まれ、東京大学で印度哲学、さらに京都大学に入り直して日本仏教史を学び、高野山大学教授や大谷大学教授を務めた。専門は、日本宗教史・民俗学。京都大学在学中に柳田國男の講演を聞いて感銘し、その後、庶民が伝承してきた民俗のなかに浸透している仏教の影響を明らかにするための研究分野「仏教民俗学」の開拓・確立に生涯をささげ、晩年はとくに山岳信仰、修験道の研究に力を注ぎ、一九九三(平成五)年、満八五歳で亡くなった。
 五来は晩成の学者であった。彼の最初の単著で、今でも名著と評される『高野聖』(角川新書)が刊行されたのが、一九六五年、五七歳の時で、その後、『熊野詣─三山信仰と文化─』(一九六七年、淡交社)や『円空佛─境涯と作品─』(一九六八年、淡交社)、『山の宗教=修験道』(一九七〇年、淡交社)、『絵巻物と民俗』(一九八一年、角川選書)など、一般の読者にも読み易い簡潔な文章で書かれた多くの関連著書・著述を残した。没後ほどなくして単行本未収録の論文・エッセイなどの多くが『宗教民俗集成』(全八巻、一九九五年、角川書店)として刊行されるとともに、後に未公刊の博士論文『日本仏教民俗学論攷』などを含めたその主要な著作・著述が『五来重著作集』(全十三巻、二〇〇七~二〇〇九年、法藏館)としてまとめられた。
 五来の学問の特徴は、宗教史研究者の林淳が「中世の仏教史・文化史・芸能史を対象にして、文献史学の方法と民俗学の方法を併用したところに五来の本領があった」(「五来重と仏教民俗学の構想」(『宗教民俗研究』第 一八号、二〇〇八年)ざんしんな考察を試みた点にある。とりわけ重要なのは、それまで顧みられることが少なかった寺社縁起などの宗教説話の発掘に努め、その文化史上の重要性を仏教・修験道の影響をふまえて説き、その後発展することになるこの分野の先駆者として位置づけられることになった点にある。
 しかしながら、五来の学問には、幅広い視点からの考察には納得できるものも多々あるが、今日の観点からすると首肯できないような解釈も見られた。それは、とくに民俗の扱いに現われていた。柳田國男に心酔する五来は、日本の神観念の原初は「祖霊」にあるとする柳田の考えを受け入れ、それを始点にして民俗に新旧を見いだして序列化してみせる、つまり一筋の道筋で描く単系的な歴史的変遷の解明・構築に力を注いだ。
 本書の原本は、一九八一年から一九八三年にかけて『茶道雑誌』に連載された「昔話の世界」を、書名を『鬼むかし』と改めて、角川書店から一九八四(昭和五九)年に刊行されたものである。この頃は、五来がさまざまな雑誌や新聞などを舞台に健筆をふるっていた時期にあたり、その余勢をかって昔話の領域にまで考察の手を伸ばしたのが本書であるが、ここにも、上述の五来の解釈の特徴が色濃く現われていた。
「鬼むかし」とは聞きなれない表現であるが、これは鬼が登場する昔話ということを意味する。「あとがき」によれば、この作品の骨子は、大学での「民俗学概論」の特殊講義として講じた、鬼やてん河童かつぱりゆう・蛇などをテーマにした「霊物怪異談」にあるという。この語もまた聞きなれないが、内容から判断すると、今日流通している用語でいう「怪異妖怪譚」に相当するようである。
 留意したいのは、この当時、学術的な怪異・妖怪研究は人文系の諸分野でも散発的になされている程度であって、とりわけ民俗学では低調を極めていたことである。そのことを考えると、「霊物怪異談」の研究はきわめて野心的な試みであったと評価できる。
 では、五来はなぜ昔話を論じようとしたのだろうか。このことをよく物語っているのは、本書のなかの次の発言である。「昔話の中で、宗教民俗学の立場から、日本人の民族宗教の原型をもっともよくしめすのは、霊物怪異談という一群の昔話である。鬼やてんりゆう河童かつぱ・山の神・水の神・やまん・幽霊・化物・あまのじや・雪女・貧乏神など、実在でない怪物や霊物を主題モチーフとした話である」(本書一二~一三頁)。そして、これらの霊物怪異談のなかでも、「きわめて大きな比重を占めるのが鬼の昔話である。これは『鬼むかし』といって特別にあつかわれた」(同、一三頁)。すなわち、昔話のなかでも「鬼むかし」がもっとも「日本人の民族宗教の原型」を保存しているので、これを考察することによって「日本人の民族宗教の原型」を明らかにできると考えたのである。
 それでは、この「日本人の民族宗教の原型」とは何だったのだろうか。それは、五来にはもはや自明のものとなっていた、柳田國男が説いた、仏教などの外来信仰の影響を受ける以前の、いつとは知れぬ古い時代から日本人のあいだで生まれたいの「固有信仰」、つまり「祖霊信仰」(先祖の霊魂の祭祀)であった。
 五来の昔話解釈の枠組みは、大きく分けると、次の二つであった。一つは、上述の「祖霊」に基づく日本の信仰・神観念の変遷史で、この祖霊信仰はその後仏教や修験道などの影響を受けつつ変容を遂げてきたが、それが幾重にもまとっている「外皮」をぎ取れば、この「原景(原質)」=「祖霊」を見いだすことができる、とする考え方である。例えば、「こぶ取りじじい」の昔話を想起しつつ、次のように述べる。

 しゆげんどう(山岳宗教)の研究からも、山伏の奉仕する山の神のは、その山のふもとに生活する人々の霊魂がさんちゆうかいにとどまって山神とよばれた、とすることができる。この霊魂はまたとなって、子孫をいつくしむとともに、子孫をいましめるから、おんちようと懲罰の二面性をもっている。これが「こぶとり」では、良い爺さんには幸福を与え、良くない隣の爺さんには罰を与えたという隣の爺さん型昔話のである。(傍点小松、本書一六頁)

 同様の発言は、本書の至るところで述べられている。すなわち、五来の昔話への関心は、鬼や天狗、山姥などの原質は祖霊であり、「鬼むかし」にはその特徴がたくさん見いだされるから取り上げたのであって、そうではない昔話には関心がなかったことがはっきり示されている。
 もう一つの解釈の枠組みは、こうした神観念が表出する媒体として、古代神話から寺社縁起へ、寺社縁起から唱導説話・とぎぞうなどの娯楽的物語へ、そしてさらにそこから昔話が生まれたとする、宗教説話の単系的変遷史である。これについても、例えば、「鬼の子小綱」や「三枚の護符」などの昔話に見える、鬼や山姥からの主人公の逃走というモチーフを論じるなかで、日本の昔話には外国の説話・昔話に由来するものもあるという意見を念頭において、次のように述べている。

 昔話の原話は多く神話にもとめられる。神話は、その民族や共同体のメンバーがどうしても知らなければならない共通の知識であった。(中略)昔話は神話もしくは「原神話」を母胎にすると私はかんがえるが、研究者の中には大部分が外国昔話のでんと見る人も少なくない。(中略)もちろん近世江戸時代や近代明治時代に入ってきたものがないとはいえないが、本格昔話の場合は、それはアクセサリー的な趣向として付加された部分であろう。したがって昔話の分析には、まず日本の古典神話にオリジンをもとめ、次いで儒仏道の古代外来宗教、あるいは外来宗教、あるいは外来文化の混入を検討し、それらの混合形態として寺社縁起や中世の唱導説話を探った上で、それでも解決されない部分について、はじめて外国昔話の伝播を考慮すべきであろうと、私はおもう。(本書一四〇~一四二頁)

 同様の発言も本書の至るところに見いだすことができるだろう。五来の念頭につねにあったのは、昔話の「もと」(オリジン)になったと考える古代の「神話」であった。彼はそれを手掛かりに昔話を分析するとともに、昔話から神話を想起・解釈し、またそこに「祖霊信仰」を想定していたのであった。極端な言い方をすると、五来は手元に古代神話がなければ昔話を分析できなかったのであった。
 一例を示そう。「地蔵浄土」や「おむすびころりん」などの昔話(五来は、これを「地獄白米」と呼ぶ)に見える「打出のづち」について、五来は「鬼の原像である素戔嗚尊は、いく大刀たちいくゆみと天ノごとたまこと)を持っており、これを大国主命は盗んで、もつさかを抜け出してこの世に帰って来る。これは、鬼の宝物の白米や銭や宝を爺さん婆さんが盗んでくるのとおなじモチーフである」と考える。これによって「神話でも鬼が米を与える話がまずあり、米の代りに宝物を与える方に変化したのではないか」と解釈するわけである(本書一六七頁)。
 つまり、五来は「打出の小槌」に「生大刀・生弓矢と天ノ沼琴(瓊琴)」の神話の残影を、さらにはその宝具の持ち主に鬼の「原質」(祖霊)さえも見いだし、そしてそうした「オリジン」探しの試みこそが昔話研究の本道でなければならないと、説いたわけである。
 したがって、こうした視点に立つ五来は、河合隼雄らによって試みられた、ユング派心理学の立場からの昔話研究や、関敬吾らによる国際比較研究、さらには国文学者を中心に進められた昔話から寺社縁起・お伽草紙が作られることがあるといった新しい説を、昔話研究の本道からそれた、派生的、補助的な、二の次、三の次の研究や説にすぎないと、厳しく批判するわけである。もちろん、私たちが試みてきたような昔話の形態や構造の研究も、五来から批判的なまなしで見られていた。
 しかしながら、私は本書を、昔話を含む宗教説話や怪異妖怪譚研究にとって重要な著作の一つとみなして手元に置いてきた。というのも、古代の祖霊信仰や神話をもとにした五来の解釈の枠組みの成否はともかくとして、本書には、中世の仏教や修験道、寺社縁起、芸能、民俗などに関する知見を駆使した、じつに新鮮な考察が随所にちりばめられていたからである。例えば、「瘤取り爺」の昔話やその原話とされる『宇治拾遺物語』に収められた「鬼にこぶとらるゝ事」に描かれた「鬼の酒盛り・踊り」の場面を、山伏の「延年」という行事・芸能をふまえて描かれており、また現行の各地の神楽にもその痕跡を見いだすことができるといった指摘は、まさに修験道研究者の五来ならではの見事な考察であろう。
 同様の傾聴すべき指摘は、昔話「天道さん金の鎖」の「鎖」は修験道の山岳修行に用いる「鉄の鎖」が反映されているのではないかとか、「地蔵浄土」の昔話で鬼が置いて行った「宝物」や無尽蔵に生み出される「米」には、『矢田地蔵縁起』の影響があるのではないか等々、数多く挙げられるだろう。私が今でも本書に見いだす魅力も、そうした点にある。
 私は、「霊物怪異談」に登場する「霊物」の「原像」が「鬼」であるとする五来の考えは、基本的に正しい、と思っている。しかし、「天狗」や「山姥」「河童」などを、古代の「鬼の原像=祖霊説」で説明し尽くせるものではない。むしろ重要なのは、日本の「鬼」は、五来も指摘するように、大陸から入ってきたおんみようどうや仏教などの影響を受けて変容し、またそのときどきの社会の要請に応じて性格も変化し、多様化を遂げて、現在にまで至っていることである。そのことを物語る一端として昔話のなかの「鬼むかし」もあるはずである。
 もっとも、五来自身もそのことに気づいていて、「昔話の分析やそのモチーフやファクターを解釈してゆくと、庶民信仰や民族宗教、そして仏教や神道や陰陽道が、一般庶民の中に浸透していった過程をあきらかにすることができよう」(本書六八頁)と述べている。しかし、五来はそのような方向での考察には向かわなかった。五来の眼差しは、そこから古代へ、神話へ、祖霊へ、もはや検証が難しい遠い過去の幻想のなかへきゆうする。これは、五来を含めて柳田國男の直弟子世代に共通する、目の前にある民俗資料から「前代」の信仰を探ろうとする研究態度であった。
 しかしながら、私たちの関心は、それとは正反対の、古代の「おに」が「仏教や神道や陰陽道が、一般庶民の中にしんとうしていった過程」、つまり歴史のなかで幾重にも身にまとった説話の「外皮」にあり、それゆえにの方に向けられている。神道の「皮」、仏教の「皮」、陰陽道の「皮」、庶民信仰の「皮」等々、昔話のなかの鬼や妖怪も、それらの「皮」を摂取・廃棄しつつ、時代に応じて成長・発展し、変容し、肥大し、また衰退もしてきたのである。例えば、中世の絵巻などで好んで描かれるようになった古道具の妖怪(つくも神)は、古代から鬼の系譜に位置づけられるが、その「原質」が「祖霊」であったといった起源論では、この妖怪を説明したことにはとてもならないだろう。
 五来が着目した「鬼」やさらに視点を拡げた「霊物」の歴史の研究は、その後起こってきた、「仏教民俗学」の立場をも含めた関係諸学の総合化、すなわち学際的な「妖怪学」として進められ、今では多くの研究成果が生み出されている。
 このたびの文庫化をきっかけに、本書を読み直し、考察のために繰り出されている豊富な資料から今もなお学ぶべき点がどれだけあるかを検討するとともに、さらには五来の学問の現代的な視点からの再評価へとつながることを期待したい。
(国際日本文化研究センター名誉教授)

作品紹介



鬼むかし 昔話の世界
著者 五来 重
定価: 1,232円(本体1,120円+税)
発売日:2021年10月21日

怪異・妖怪好き必携。「鬼」の起源に迫った金字塔!
こぶとり、桃太郎、天邪鬼……「鬼むかし」とは鬼が登場する昔話のこと。その原型は死霊と祖霊がイメージ化されたもので、死霊は人間を食べる恐怖を与える鬼に、祖霊は恐怖と共に慈しみを持つ鬼となった。これに仏教の羅刹鬼や地獄の鬼なども加わり、修験道の山伏や天狗とも結びついて様々な「鬼むかし」ができあがったのである。仏教民俗学の泰斗が、綿密な現地調査と知見を活かし、昔話の根底に潜む宗教的背景を読み解く。解説 小松和彦。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000628/
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