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レビュー

遺跡で起きた殺人。考古学界の闇に名物刑事コンビが切り込む!――黒川博行『八号古墳に消えて』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

黒川博行『八号古墳に消えて



黒川博行『八号古墳に消えて』文庫巻末解説

解説
よし だいすけ  

 和製ハードボイルド&アウトロー小説のトップランナーとして知られ、その作風の到達点のひとつと言える『破門』で二〇一四年に第一五一回なお賞を受賞したくろかわひろゆきは、実直な警察小説(警察捜査小説)の書き手だった。一九八三年に第一回サントリーミステリー大賞佳作を受賞したデビュー作『二度のお別れ』を皮切りに、キャリア初期においては〈大阪府警捜査一課シリーズ〉を精力的に書き継いできた。
 大阪府警捜査一課に所属する刑事たちを主人公に据えた同シリーズは、これまで複数の出版社にまたがって刊行されていた。しかし、二〇一七年より角川文庫版での再刊行が始まったことで全体像が見えやすくなった。本書『八号古墳に消えて』は、〈大阪府警捜査一課シリーズ〉の第四作に当たる。三〇代の先輩・くろと二〇代の後輩・かめ、通称〝黒マメコンビ〟が活躍する三作目の長編だ。このコンビは、長編と短編集を合わせて一一作刊行されているシリーズ中、もっとも登板回数が多い(次点は〝ブンと総長〟ことぶんそうのコンビ)。デビュー作でこの二人を生み出したことが、黒川博行を、黒川博行にした。

〈今思えば、キャラクターを一生懸命作ったように思います。それまで読んできたミステリに出てくる刑事がやけに真面目なんですよ。正義感を持って文句も言わずに靴底すり減らして捜査する。大阪人からしたらそんなことありえない(笑)。給料安いなとか、今日も暑いな寒いなとか、あいつ好きや嫌いやということをブツブツ言いながら捜査するのが大阪の刑事やろうと思いましたから、そこは強調したかった。それで、ものぐさな刑事と真面目な刑事を組み合わせて書けば面白いかなと考え、二人によくしやべらせました(笑)。本筋に関係ないことも間に入れながら捜査が進んでいく書き方というのは、この頃から出来てたんやないかな〉(WEB本の雑誌「作家の読書道」より)

「真面目」ゆえに考えすぎてしまい論理が空転することもある後輩を、「ものぐさ」な先輩がツッコミでいなす。関西弁を操る二人の掛け合いは最初からチャーミングだったが、実はデビュー作では「黒木」が「黒田」だった……というのは有名な話だ。きっかけは刑事コンビの造形について、新人賞の選考委員から「華がない」という指摘を受けたこと。二作目を執筆するに際して、所帯持ちだった「黒田」を独身の「黒木」に変えてしまったのだ(第二作『雨に殺せば』の「角川文庫版あとがき」より)。その結果、なるほど「華」が生じ(黒木はシロウト童貞。美人に弱くれっぽいetc.)、先輩が独身で後輩が所帯持ち、という逆転状況からくる笑いがコンビ間の掛け合いに加わった。
 さきほど「同シリーズは、これまで複数の出版社にまたがって刊行されていた」と記したが、その裏には、出版社ごとに主人公となる刑事コンビを変えていったという事情がある。そのため〝黒マメコンビ〟は、短編を除き、本作が最後の出番となっている。また、本作の次に発表されたシリーズ第五作『切断』は、初めて加害者(シリアルキラーの「彼」)が視点人物の一人に採用されており、作品の空気感がガラッと変わっている。作家自身もこう証言している。〈それまでの警察小説からハードボイルドに移行しはじめた最初の作品が『切断』だった〉(『切断』創元推理文庫版あとがきより)。つまり、第四作にあたる本作『八号古墳に消えて』までと、第五作『切断』以降の作品との間には、大きな「切断」がある。
 その「切断」を意識することで、新しい読み方にトライしてみたい。デビュー作にして第一作『二度のお別れ』、第二作『雨に殺せば』、そして第四作に当たる本作『八号古墳に消えて』を、〈大阪府警捜査一課シリーズ〉の一部として読むのではなく、〈〝黒マメコンビ〟シリーズ三部作〉として取り出して読んでみるのだ。その時、何が見えてくるだろう? 答えを先回りして記すならば、三部作において徐々に進展するのは①マメちゃんの「名探偵」としての成長であり、②大阪府警捜査一課の「心理的安全性」の向上である。
 振り返ってみれば、誘拐及び身代金要求事件を題材にした『二度のお別れ』では、二〇代とまだ若いマメちゃんは班内でだいぶ下っ端扱いされていた。コンビを組む黒さんだけは、体型的にころころした〈そのふうぼうと気易さが聞き込みや取調べの際に強力な武器となって、若手であるにもかかわらずベテラン捜査員にしていける理由となっている〉と後輩を評価していたが、上司らはマメちゃんに冷たい。例えば、捜査の初期段階で事件の筋読み(推理)を披露したもののサクッと否定され、「ぼくの意見のどこがくつです」「屁理屈は、屁理屈、他に言いようがない」と、議論することすら遮断されてしまう。そして、事件はマメちゃんとは関係のないところで、意外すぎる決着を迎えた。
 現金輸送車襲撃事件で開幕する『雨に殺せば』においても、班内におけるマメちゃんの立ち位置はさほど変わっていない。上司の基本姿勢は否定であり、それでいて〈具体的にどうすべしという指示も方針もない〉。時おり、下からの提案のいいとこ取りをするだけだ。しかし、今回は「(名探偵)ポアロ」を自称するマメちゃんの推理力がパワーアップしており、真犯人に仕掛けた策略がラストでずばり的中するのだ。
 作中では明記されていないが、『雨に殺せば』の事件におけるマメちゃんの功績が、人物評価に作用したのかもしれない。〈〝黒マメコンビ〟シリーズ三部作〉のラストを飾る本作『八号古墳に消えて』は、大阪の遺跡発掘現場で発見された大学教授の死体を巡って巻き起こるミステリだ。物語の序盤はやはり、上司から否定的で高圧的な言辞の数々がマメちゃんに繰り出される。しかし、まずは黒さんが、怪しい人物がいると言うマメちゃんにぶつぶつ言いながら同調し、その尻尾を二人で追いかける。やがて上司も黒さんとマメちゃんのコンビに注目し、二人のイレギュラーな捜査に協力し始める。捜査会議においても、「ぼく思うんですけど」と挙手をしたうえで語るマメちゃんの言葉にきちんと耳を傾け、一目を置いているのがよく分かる。
 その先に、本作において最も感動的な文章が現れる。ネタバレを回避すべく、固有名を伏せて引用したい。それは、黒さんとマメちゃんのいつもながらの掛け合いから始まる。

〈「いよいよですな」/「気がはやるか」/「胸が高鳴りますわ」/無理もない。○○の監禁場所を推しはかり、○○犯人説を唱えて、捜査陣をここまで引っ張って来たのは他ならぬマメちゃんである〉

 前二作では、あり得なかった場面だ。ここで大事なことは、①「名探偵」としてのマメちゃんだけが成長し、マメちゃんだけが変わったわけではない、ということ。②マメちゃんの能力を認め、マメちゃんを信じる、大阪府警捜査一課全体が変わったのだ。②の変化を言い換えるならば、チームの「心理的安全性」が向上した。
 組織行動学の新たなプリンシプルとして「心理的安全性」は近年、高い注目を集めている。同コンセプトの生みの親であるハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンは、主著『恐れのない組織──「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版)で、端的にこう記す。

〈対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる職場環境であること。それが心理的安全性だと、私は考えている。意義ある考えや疑問や懸念に関して率直に話しても大丈夫だと思える経験と言ってもいい。心理的安全性は、職場の仲間が互いに信頼・尊敬し合い、率直に話ができると(義務からだとしても)思える場合に存在するのである〉(野津智子訳)

 大阪府警捜査一課は、下っ端のマメちゃんの推理力が高まり彼の意見を捜査に反映させていく過程で、チームの「心理的安全性」を向上させた。その変化が目に見えるかたちで刻印されたのが、〈〝黒マメコンビ〟シリーズ三部作〉のとうを飾る、本書なのだ。

作品紹介



八号古墳に消えて
著者 黒川 博行
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年10月21日

遺跡で起きた殺人。考古学界の闇に名物刑事コンビが切り込む!
考古学の権威・浅川教授の遺体が大阪・八尾の遺跡発掘現場で見つかった。体内に残された土の成分から、別の場所で殺された後に運ばれたことが判明。
考古学関係者の犯行が疑われ始める。捜査に乗り出したのは大阪府警の名物刑事、「黒さん」こと黒木と「マメちゃん」こと亀田の“黒マメ”コンビ。
やがて、浅川の裏の顔が明らかになり始めた矢先、またしても発掘現場で不可解な死が。手がかりは、失踪した研究者が残した写真。
そこには謎の古墳壁画が写されていた。能天気だが、やるときはやる二人組が学界の闇に隠された真相に迫る!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000506/
amazonページはこちら


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