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レビュー

没後40年記念復刊! 横溝正史の傑作長編ミステリ!――『魔女の暦』横溝正史 文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

魔女の暦
著者 横溝正史



『魔女の暦』横溝正史 文庫巻末解説

解説
中島河太郎  

 著者の作品目録をこしらえてみると、短篇として雑誌に発表されたもので、のちに長篇化されたものがずいぶん多い。
 締切にせかされて書き上げたものの、どうしてもそれでは気が済まなくて、心ゆくまで書き直したくなってくる。推理小説の場合に限らず、捕物帖でも同様である。出版社から長篇化や改稿を依頼されたわけでもないのに、こつこつと自作の改訂を怠らないのが著者の習癖であった。
 作家にはそれぞれ特有の癖があって、いったん筆をいて発表したものには、もう振り向こうとしないひともあろうし、改版に際しててんさくを試みるひともあるだろう。是非を論ずべき事柄ではないが、改作をいとわぬ著者の習癖は至って顕著である。
「魔女の暦」もはじめ、「小説俱楽部」の昭和三十一年五月号に発表されたもので、のちに現在の形に改訂された。
 この物語には途中三か所ほどに、犯人の犯行スケジュールを書きつける場面が挿入されていて、いっそう興味をそそっている。もちろん、著者は周到な用意のもとに、その正体に気付かれるような手抜かりはしていない。ペンを握っている手は、黒い手袋をはめているので、男か女かわからない。犠牲者の殺害方法がきまったとき、洩らした忍び笑いの声も、あまりに低かったので男女の区別すらできなかったほどである。
 事件の背景は浅草のストリップ劇場だが、二年ほど前の「ちたる天女」の事件でも、やはり浅草のストリッパーの石膏詰め死体の謎が扱われている。こんどは金田一耕助に宛てられた予告殺人の手紙から始まる。「メジューサの首」の興行中、舞台で金田一の興味をく事態が起こるというのだ。
 正体不明の人物が決意を示した通り、まず魔女に扮したストリッパーが血祭にあげられた。それが金田一の目前で演ぜられた惨劇の第一幕である。殺人は舞台で用いられた吹矢に塗られた猛毒によるもので、第二幕にはやはりショーの小道具の鉄の鎖が使用されていた。しかも被害者はボートの中に全裸で、その鎖に縛りあげられていたのだ。
 つぎつぎに犠牲者を出したこの劇団のストリッパーたちは、それぞれパトロンや内縁の夫、情人があるにもかかわらず、他の劇団関係者との間に交渉があって、その錯綜した人間関係が捜査当局の手を焼かせて、解決のめどがたたない。
 容疑者は彼らに限られているはずだが、動機もつかめなければ、アリバイを追求するにも手ごたえがない。金田一と等々力警部のコンビも、なかなか成果をあげられぬうちに、第三の事件が起こってしまった。
 いわば限られた人間が対象で、事件の発端から注目しながら、手も足も出なかったわけだが、惨劇がしゆうそくしても捜査当局は皆目プロセスを辿たどることができない。そこではじめて金田一の絵解きがあって、面目を施すのである。
「火の十字架」は「小説俱楽部」の昭和三十三年四月号から六月号まで連載された。これにもヌード・ダンサーが登場するが、「魔女の暦」が劇団関係者の入り乱れた男女関係にからんでいたのに対し、このほうはヌードの女王だけに三人の男をかけもちして貫禄を示している。
 本篇も金田一への事件予告の手紙から始まっているが、こんどは前回と違って、指定の場所へ出かけたときにはもはや間に合わなかったのだ。浅草の劇場から新宿の劇場に送られたトランクの中に、昏々と睡っている全裸のダンサーを発見して騒いでいる間に、浅草では酸鼻を極めたさつりく死体が見つかったのである。
 等々力警部と金田一がその現場へ急行すると、すでに「魔女の暦」事件でじみになった関森警部補が、所轄署の捜査担当として来合わせて、旧交を温めることになる。
 だが、この残虐な他殺死体の発見以前に、同じ劇団の女優の殺害が判明したが、これらはトランク詰めで運ばれたヌードの女王を中心に、戦時中のせつ的な享楽に酔い痴れた最中の事件から端を発しているらしい。
 とにかく、第一の被害者のそうごうは見分けもつかぬほどで、それに目印の刺青まで丁寧に焼き消されていた。「探偵小説にはよくある」顔のない死体というわけである。
 著者が諏訪で病を養って、再起したのは昭和十年の初頭であった。当時探偵小説は既成・新人作家ともに振るい、新時代確立の機運がみなぎっていた。いくつかの専門誌が並び起って、作家や愛好家の論説を賑やかに満載していた折りで、著者も寄稿を求められた。これまで抑えられていた創作欲を充たすのが精一杯で、エッセイどころではなかったと思われるが、それでもその時々の感想の書き留められたものがあったらしい。
「真珠郎」の初版が、谷崎潤一郎の題字、江戸川乱歩の序文、松野一夫の口絵、水谷準の装幀に飾られて刊行されたのが十二年のことだが、それに書きためてあったエッセイの草稿を清書したものを、「私の探偵小説論」として添えている。
 その中に「顔のない屍体」を論じた一文があって、このトリックに殊に関心の深い著者の見解がうかがえて興味をそそるものがある。著者はこのトリックを、一人二役や密室殺人と並んでもっとも顕著なもので、どんな作家も一度は必ず取り組んでみようという衝動にかられるらしいと述べている。
 だが、一人二役や密室殺人にはいろいろな解決法があって、作者の狙いどころの力点が、主としてどのような解決法によって読者を驚かせるかというところにあるのに反して、「顔のない屍体」の場合は、いつもその解決法がきまっている点に特色がある。すなわち一つの屍体の顔が誰だかはっきりしないが、ある人物だと推定された場合、こうを経た読者なら、ただちにそれは被害者ではなくて、むしろ犯人だと推定する。
 「探偵小説の興味の多くが、その意外なる解決法にあるにもかかわらず、『顔のない屍体』の場合に限って、常に解決は読者に看破されることになるのである。それにもかかわらず、この問題がいつも読者の興味をとらえ、作者の食慾をそそるのは、興味の焦点が解決法にあるのではなくて、いかにして分りきった解決が、巧みにカモフラージされるかというところにあるのである」
 と、このトリックの魅力を説いている。
 たしかに著者は手を換え、品を換え、いろいろな工夫をらしていることは、ある程度の作品群に親しんだ読者なら気付いているに相違ない。本篇でも著者は冒頭から、顔のない屍体を持ち出して、これ見よがしに読者に挑戦して、最後にアッといわせずにはおかない。
「魔女の暦」の事件にしても、一千万円の保険が効果的に使われている。「火の十字架」では、事件予告の手紙ひとつをとっても、仮名遣いや代名詞の伏線を織りこんだり、写真家の目を通して被写体である人間の心理を分析したり、ちりばめられた小さなトリックに、それぞれハッとさせられるものがある。
 両篇ともに浅草の大衆劇場の女性を主役にした愛欲図絵が描かれているが、二十年代の風俗をうんぬんするよりも、こういう芸能の世界に渦巻く愛憎が、歳月とともに抜きさしならぬ破局をめざしながら、こうな犯罪工作をたくらまずにはおれぬ業の深さを痛感させるのである。

作品紹介



魔女の暦
著者 横溝 正史

没後40年記念復刊! 横溝正史の傑作長編ミステリ!
浅草のレビュー小屋舞台中央で起きた残虐な殺人事件。魔女役が次々と殺される――。不適な予告をする犯人「魔女の暦」の狙いは? 怪奇な雰囲気に本格推理の醍醐味を盛り込む、傑作長編推理
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000601/
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