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レビュー

没後40年記念復刊! 横溝正史の傑作長編ミステリ!――『夜の黒豹』横溝正史著 文庫巻末解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

夜の黒豹』横溝正史著 文庫巻末解説

解説
中島河太郎

 私のこしらえた著者の作品目録では、昭和三十九年の「蝙蝠こうもり男」以後、新作を載せていない。四十九年に中絶した「仮面舞踏会」を八百枚の長篇として完成されたから、ちょうど十年間休筆されたことになる。
 だが実際はそれ以前から、著者は短篇の長篇化をつぎつぎに試みておられた。「不死蝶」「魔女の暦」「毒の矢」「支那扇の女」「ちゆう美人」「扉の影の女」「死神の矢」「悪魔のひやくしん」などがそれである。
 本書もはじめ、昭和三十八年三月号の「推理ストーリー」に、「青蜥蜴とかげ」と題して発表され、翌年八月に「夜のくろひよう」と改題、長篇に書き改めて刊行された。
 物語は名前こそ「女王」と豪華だが、簡にして粗にこしらえてあるラヴ・ホテルから始まっている。ドアの下からあふれてきた水、室内からのうめき声に不審を感じたベル・ボーイが発見したのは、絞殺されかかった女性であった。しかも乳房の間には青いマジックで描かれた蜥蜴がむしゃぶりついている。


夜の黒豹
著者 横溝 正史
定価: 924円(本体840円+税)


 ようやく死を免れた女性が、内密にしてくれとボーイに懇願し、それを承知したばかりに、一週間後には悲劇が起こった。これも同様のラヴ・ホテルが舞台に選ばれた。ドアの下から溢れた水が発見のたんしよとなったのだが、こんどは手遅れだった。被害者の胸に描かれた爬虫類が人目を惹いて、金田一まで駆り出される結果になったのだ。
 事件が公表されると、届け出なかった前の未遂事件の発見者のボーイが、出頭してきた。あまりにも似通った様相にじっとしておれなくなったからだが、このしらせは一大センセーションを起こさずにはいなかった。
 殊に被害者の職業が街娼と判明し、犠牲者の胸に青蜥蜴の紋章を残しておくという変質者的性向が、殺人鬼ジャック・ザ・リパーを思い起こさせたのは当然であろう。
 この世界犯罪史上にも名を残している殺人鬼については、著者も本文中で紹介しておられるから、改めて付け加えるまでもあるまい。その残虐な手口と結局迷宮入りに終った点が、今なおいろいろの関心を生んでいるのだが、そのせんしようを追うだけなら、著者が改めてこの犯罪に触れるはずがなかった。真相を知ってはじめて、著者の周到な用意について納得するところがあるに違いない。
 短篇「青蜥蜴」は未遂事件に引き続いて、街娼殺害が起こり、第一の事件の発見者のボーイのりんまでは、ほぼ同じ筋道を辿たどっている。第三の事件が起こったとき、事故死と発表されたボーイの出現によって、犯人の面通しが行われて解決するのだが、本篇ではボーイは哀れな最期を遂げることになっている。そのため彼の年上の恋人が捜査に協力を惜しまない。
 本篇の趣向に大きな改変の加えられているのは、第三の事件の被害者にまつわる人的関係のもつれである。被害者は高校一年、医者の妻の連れ子だが、すでに十三歳のとき、十違いの従兄いとこと駆落ちした前歴があった。従兄というのは陰惨でエロティークな漫画を描く、猫みたいな感じのする人物だという。
 その漫画家を訪ねると、裸で縛られた少女が発見され、かんじんの人物は姿をくらましている。前の二つの事件が夜の女性か、それに類似した商売と考えられていたのに、今回は良家の子女が犠牲壇上にのぼったのだ。むろん、たいへんな無軌道娘にはちがいないのだが、その生育の境遇も考慮しなければならぬかもしれない。
 とにかく日本のジャック・ザ・リパーだと思われた犯人が、一転して少女趣味で、年上の女性崇拝者の漫画家に絞られてきた。それにしても三人の女性の胸にしるされた青蜥蜴の絵は共通なのだから、どこかにそれらをつなぐ因子が発見されなければならない。
 漫画家というのは元暴力団のボスの二度目の妻の子だが、三度目の妻が彼の残酷グロテスク漫画を弁護する場面がある。探偵作家は血なまぐさい殺人を扱っているが、だからといって殺人の願望をもっているわけではない、それよりもそういう小説を書いたり読んだりすることによって、うつせきしている感情のはけ口になっている。むしろそれによって心理的浄化作用が行われているということを、自分は何かで読んだ覚えがあると弁じている。
 これはイギリスの作家ドロシー・セイヤーズ女史が、探偵小説の存在理由を説明するために、アリストテレスが「詩学」に用いたカタルシスという語を借りたのがはじめで、江戸川乱歩も昭和八年に「探偵小説とカタルシス」というエッセイで、その説をえんしている。
「犯罪を、すなわち人類の反社会的願望そのものを、重大な要素とする探偵小説ないし犯罪文学が、いかなる文学にもまして『カタルシス』の作用をいとなむ」といい、「あえて犯罪を実行し得る反社会的の性格には、犯罪本能の鬱積もなく、そのカタルシスも必要でない」と見るのである。だから実生活上の犯罪者と探偵小説とはまったく無縁だが、それに反して、正常な社会生活をいとなむ人々、犯罪に臆病な人々にとってこそ、カタルシスは欠くべからざるもので、探偵小説こそカタルシスのもっとも有力な手段の一つだと、乱歩は説いている。
 とにかく表面に現われた事実からだけで判断せず、人間の本性をよりどころにして、事件の真相をつきとめて欲しいというのが注文であった。ふくそうした人間関係に悩まされるばかりか、前の二つの謎との連関も宿題となっている。
 金田一はホテルの二つの事件、ボーイのれきさつ、第三の事件、それに漫画家の失踪と、五項目にわたって、丹念に疑問の数々を書き並べて改めて検討した。彼をもっともよく理解している等々力警部との討議は、連続劇をおおうていたヴェールを徐々にがしていく。三十項目に近い疑点が、矛盾なく説明できた暁に、この難事件は解決するわけだが、次第に討議を重ねていくうちに整理されていくプロセスは楽しい。
 はじめは単純に変質者の街娼殺しと見られていたのだが、俄然局面が展開して、それだけでは割り切れなくなり、愛欲と金銭欲が幅を利かすようになる。著者は人間関係の複雑なからまり具合に生ずる葛藤と愛情を解きほぐすのが好みだが、本篇でもそのこうが強く現われている。
 黒豹のようにつやつやとしたしつこくのオーヴァをゾロリと着て、マフラーであごから鼻までかくし、帽子も黒豹の毛皮のように光沢を帯びたものをかぶっている。こういう人目につき易い男の登場で幕を開けた物語であったが、その結末ははなはだ意外であった。推理の積木は完成しながら、物的証拠の乏しいままに、時機を待って、犯人の心理的動揺と崩壊を狙う作戦を講ずる。警察当局なら尻ごみせざるを得ない状況でも、私立探偵なら犯人に大胆なゆさぶりをかけることができる。金田一は捜査の面では当局と提携しながら、いざとなれば思い切った単独行動がとれる。そこに彼の自由人としての面目が発揮されて、刑事、検事など司法関係者を探偵役に仕立てていないおもしろ味が存在する。

作品紹介



夜の黒豹
著者 横溝 正史
定価: 924円(本体840円+税)

没後40年記念復刊! 横溝正史の傑作長編ミステリ!
金田一耕助は等々力警部とともに、異様な事件現場に急行した。連れ込み宿のベッドに女が縛り付けられて縊死している。その胸部には殴りがきのトカゲの絵が残され、部屋はなぜか水浸し。さらに事件の直前、近くのホテルでは、未遂に終わった同様の事件をベルボーイが目撃していた。だが、警察に事情を話した直後、彼は何者かに轢き逃げされてしまい……。愛と欲にまみれた連続殺人事件の真相に金田一が挑む、名作本格ミステリ。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000600/
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