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レビュー

ホスピス連続殺人の裏に隠された切ない真実とは。あさのあつこが紡ぐ極上のサスペンス・ミステリ! 『白磁の薔薇』【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『白磁の薔薇』文庫巻末解説

解説
池上 冬樹(書評家)  

 いやあ、驚いた。まさかクローズド・サークルでの連続殺人事件を題材にするとは思わなかった。外界との往来がたたれた状況下で殺人事件が連続して起きて、それを解きあかす物語だとは。あさのあつこがまさかこんな密室劇を書くとは思わないし、決してミステリには終わらずに幻想的な風味があるのもいい。本書『白磁の薔薇』がいい例だが、このはくシリーズは、読者の予想をこえる展開をたどる。

 そう白兎シリーズである。あさのあつこの小説のほとんどは文庫化されているが、このシリーズだけは長らく絶版になっていた。具体的に書名をあげるとこうなる。

1『透明な旅路と』(二〇〇五年四月、講談社)→『白兎1 透明な旅路と』※
2『地に埋もれて』(二〇〇六年三月、講談社)→『白兎2 地に埋もれて』※
3『白兎3 蜃楼の主』※
4『白兎4 天国という名の組曲』※
(※=二〇一二年九月、講談社ノベルスにて四冊同時刊行)

 この四作が加筆訂正され、改題されて、角川文庫に収録された。すなわち

1『緋色の稜線』(『透明な旅路と』→『白兎1 透明な旅路と』)
2『藤色の記憶』(『地に埋もれて』→『白兎2 地に埋もれて』)
3『藍の夜明け』(『白兎3 蜃楼の主』)
4『白磁の薔薇』(『白兎4 天国という名の組曲』)


白磁の薔薇
著者 あさの あつこ
定価: 748円(本体680円+税)


 いちおうシリーズ名として、「白兎」シリーズとよんでいるが、これはやや微妙である。というのも、四作に白兎という少年が出てくるものの、決して主人公ではないからだ。むしろ各篇の主人公たちを導く役割を担っているだけで、決して白兎の物語が進行するわけではない。
 第四作の本書では、白兎の出自に関わる話が出てくるものの、第三作『藍の夜明け』の冒頭におかれた時代小説的な物語の中にも白兎が出てきて、必ずしも同一人物ではない。さまよう人々の魂をあの世へと導く役割をもつ少年を「白兎」と命名しているだけと解釈していいだろう。
 それにしても、何とも不思議な魅力にみちた連作であることか。第一作『緋色の稜線』に僕は、「魂の中に生き続ける懐かしい故郷への探索。生の中で息づく温かな悲歌だ」という推薦文を寄せたけれど、意識と無意識、現実と夢、現在と過去のあわいに、あやしくも温かでノスタルジックな哀しい歌が流れていて、心地よいのである。しかも味わいは各作品によって違っていて、あえて本文庫が白兎シリーズという名称を使わない理由もわかる。
 まず、『緋色の稜線』は、殺人者を主人公にした逃走サスペンスだ。ホテルで行きずりの女を絞殺したよしゆきあきたかが、車で逃げる雨の山中で、おかっぱ頭の幼女を連れた少年と出会い、成り行きで車に乗せて、「お家に帰る」という幼女と付き添いの少年を送り届けようとする。山間の温泉宿にたどり着き、そこで様々な出来事がおこる。
 第二作の『藤色の記憶』は、記憶サスペンスといえるだろう。心中を約束しながら土壇場でおじづいた男によって、ひとり仮死状態のまま地中に埋められたじようだいは、一人の少年によって救い出される。男へのふくしゆう心よりも生きるけんたいのほうが強く、生き別れの弟からの電話で故郷へと旅立つが、その過程でなかば封印していた記憶がよみがえってきて、多くの事実と真実に気づく。
 第三作『藍の夜明け』は、時代小説+異常心理サスペンスだろう。看護師の母とふたり暮らしの高校生のしまみつるは、怖ろしい夢を見た翌朝に起こる異変に悩まされていた。異変のあった夜には必ず、近隣で通り魔事件が発生していた。人殺しは、無意識のおれなのか?と不安になる三島の前に、一人の少年があらわれる。
 そして第四作の本書『白磁の薔薇』は、密室殺人劇だろう。山の中腹に建つごうしやなホスピスが土砂崩れによって孤立し、立て続けに殺人事件が起きる。それはオーナーがスタッフに巨額の遺産を分配するという遺言を発表した矢先のことだった。看護師長のせんどうは事件を追及しようとするが、そこにぼうの少年が姿をあらわす。
 いちおう読者の気をひくために、逃走サスペンス、記憶サスペンス、異常心理サスペンス、密室殺人劇とミステリ要素でくくったけれど、共通するのは少年の登場であり、その少年こそが白兎である。「この世にいてはいけない魂を還すのが、おれの役目」と白兎が言うように、人の心を失い、現実の肉体をなくして、この世を彷徨さまよい歩く者たちを還るべき場所へと導いていくのが使命で、そのためにミステリとして閉じることなく、ホラー・ファンタジーとして開いて終わる。
 とはいえ、本書『白磁の薔薇』は密室劇としてなかなか面白い。誰がどのような意図で殺したのかを探っていくうちに、意外な人間関係と意外な動機が見えてくるし、最後には、さらなる驚きも用意されている(二転三転するのだ)。この辺のミステリ的要素の濃さは、今回の加筆訂正によるものであるが、作品として重要なものはそれではない。シリーズ四作にいえることだが、主要人物たちの家族関係はみな壊れていて、その壊れたれきの中から新たな生の価値を見出す。それを助けるのが、白兎だ。
 この構図は、四本の作品のなかでは第二作『藤色の記憶』がいちばん明確だろう。前述したように白兎は主人公的な役割ではないし、ことさら生きる価値があることを述べるのでもないが、ここでは生きることを訴えるためのヒーロー像が確立されている。心変わりした恋人によって地中に埋められた優枝を、白兎は救出し、積極的に恋人への復讐をせんどうする。生きることのきっかけを作ろうとするのだが、優枝はいくらいわれても復讐心はわかず、むしろ生きることに背を向けようとする。そんな彼女に、白兎は距離をおきつつも寄り添っていく。やがて弟の連絡もあり、優枝の記憶がよみがえり、家族のありようを通して、生の大切さに気づいていく。そのことに気づく場面の一つひとつがいとおしいが、なかでも優枝にかける母親の言葉が胸をうつ。
「生きな、あかんよ。(中略)人はどうせ死ぬんやから、だから、生きなあかんよ」(185頁)
「生きな、あかんよ。(中略)泣いて、笑って、生き抜いて死になさい」(215頁)
 この小説が『地に埋もれて』として刊行されたとき、次のような作者の言葉が本の帯に付されていた。すなわち「人は何度も再生できる。自分の力で生き直すことができる。あなたへ──この思いが届きますように」と。
 だが、第三作『藍の夜明け』や第四作『白磁の薔薇』を読むと、そのメッセージはもっと複雑になる。「生きることが希望だとは思わないけれど、死もまた救済にはならないことを」、白兎を通じて、「確かめたかった」と作者が後書きで述べているように、安易な人生さんの形をとらない。多くの者が人生に傷つき、壊れた秘密の心をもち、罪をおかして悔いながら生きている。悲しみもまた人生であり、振り返りたくない過去と思いだしたくない記憶を封じ込めて生きていることを作者は知っているからである。
「死んでいく者の生涯を知ることだ。誰にでも生きてきた時間がある。それを知ることだ。わかるか。死の間際に語る言葉は、語る者の生命いのちの軌跡そのものだ。おまえは、それを聴いた。誰にでも、どんな境遇の者にでも生きてきたあかしがあると知ったのだ」(『藍の夜明け』191頁)という言葉が出てくるが、まさに「生命の軌跡」と「生きてきた証」こそが白兎が追い求めているものだし、これこそが白兎シリーズの大いなるテーマであり、読者にとって重要なものだろう。
 白兎シリーズには、至るところに生と死をめぐる言葉がある。サスペンスの要素を強くそなえているけれど、繰り返すが、強く訴えるのは生と死の間であり、哀しいまでの人の営みが凝視されていて、人の心に残る。多彩で力強い物語作家であるあさのあつこの特別なシリーズとして注目に値するだろう。

作品紹介



白磁の薔薇
著者 あさの あつこ
定価: 748円(本体680円+税)

豪華なホスピスを舞台に人間の生と死、欲望が渦巻くサスペンス・ミステリ!
標高千五百メートルの麗峰の中腹に建つ『ユートピア』、そこは死を間近にした人々が最高で最期の治療と看護を保証された豪華なホスピス。入居者は元女優や著名な文筆家など莫大な費用が払える特別な人間ばかりだった。看護師長の千香子はオーナーの中条に見込まれ独身のまま住み込みで務めていた。ある日、季節外れの嵐によって道が寸断され『ユートピア』は孤立してしまう。千香子を含めその場に残されたスタッフ全員が中条に呼び集められる。そこで彼が話し出したのは、とんでもない提案だった。翌朝、駐車場でスタッフの一人が他殺体で発見される……! 大人のサスペンス・ミステリ―完結編!
「あえて本文庫が白兎シリーズという名称を使わない理由もわかる。(中略) それにしても、何とも不思議な魅力に満ちた連作であることか」(解説:池上冬樹)

https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000216/
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