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レビュー

甘やかな幻想世界への招待状──『空を飛ぶパラソル』 夢野久作著【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『空を飛ぶパラソル』文庫巻末解説

解説
ひがし まさ

 思えば、夢野久作(以下、〈夢Q〉と略記)は、つくづく不思議な作家である。
 そもそも夢Qが探偵作家として活動したのは、三十代なかば以降のわずか十年間ほどに過ぎない。その大半を構想・執筆についやしたひつせいの大作『ドグラ・マグラ』の出版記念会を、東京と出身地・福岡でそれぞれ開催した直後の昭和十一年(一九三六)三月十一日、来客と面談中、脳出血であっさり急逝したのだ。享年四十七だった。
 では、それまでの前半生、彼が何をしていたのか、というと、これが一筋縄ではゆかない複雑怪奇な経歴の持ち主なのである(そのへんは江戸川乱歩と似たところがある)。
 国粋主義団体「玄洋社」の大物だった父・杉山茂丸が金主となって地元・福岡で始めた「杉山農園」の経営にあたるかと思えば、ジャーナリストとして「九州日報社」に七年間ほど勤務、『東京人の堕落時代』など迫真のルポルタージュから、奇想おういつの童話作品まで、才筆をふるう。また父が経営する雑誌『黒白』にも多くの作品を寄稿している。
 その一方で、近衛兵として兵役に就いたり、慶應義塾大学に入退学したり、剃髪して禅宗の托鉢僧となり、本名の杉山直樹から「泰道」と改名したり、喜多流の能楽師として謡曲教授の資格を得たり……これらはいずれも短期間であったが、それらの蓄積が後に〈幻魔怪奇な作家・夢野久作〉を生みだしたことは間違いあるまい。
 今では、戦前の探偵小説作家として、江戸川乱歩や横溝正史とならぶ知名度を誇っている夢Qだが、没後しばらくは忘れられたに等しい存在だった。その本格的な再評価は、昭和四十四年(一九六九)から翌年にかけて。戦後最初の〈夢野久作全集〉全七巻が三一書房から刊行され、多くの知識人の称讃を得たことで、華々しい復活を遂げたのだった。
 当時は〈異端作家の復権〉といった掛け声のもと、他にも久生十蘭や小栗虫太郎、橘外男や香山滋といった作家たちがリバイバルしたが、その中でも群を抜いて復刊の機会に恵まれたのが、夢Qであった。三一書房版全集に続いて、葦書房版著作集、現代教養文庫版傑作選、ちくま文庫版全集、そして現在刊行中の国書刊行会版全集……と、これほど多くの出版社から、繰りかえし作品集が刊行された〈異端作家〉は他にいない。
 とりわけ夢Qの普及に大きな役割を果たしたと思われるのが、角川文庫版〈夢野久作作品集〉全十巻(『ドグラ・マグラ』のみ上下巻)である。文庫本としての書店市場でのシェアの大きさもさることながら、『押絵の奇蹟』『犬神博士』『ドグラ・マグラ』『少女地獄』『瓶詰の地獄』と、人気作品をタイトルに掲げて関連作品を収載する方式で、ミステリーのコアなファン以外にも夢Qの名を広めた功績は、まことに多大なものがあった。
 また、個性派俳優にして特異な画風の絵画作品でもられたよねくらまさを、カバー装画に起用したことも、若い世代の読者を獲得するうえで、大きな力となったように思う。
 ちなみにいまから数年前、青空文庫(無料で読める著作権フリーの作品を集めたインターネット叢書)のアクセス・ランキングで、夏目漱石の『こころ』や太宰治の『走れメロス』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』といった国民的文豪の人気作と、われらが『ドグラ・マグラ』が堂々、肩をならべて話題を呼んだことを、あるいは御記憶の向きもあろう。純文学/大衆文学などといった区分とは無縁な新世代の若者たちにとって、いまや夢Qは、漱石や太宰とならぶ〈文豪〉の一人なのかもしれない。


『空を飛ぶパラソル』
著者 夢野 久作
定価: 704円(本体640円+税)


 さて、このほど復刊されることとなった本書『くうを飛ぶパラソル』は、右の文庫シリーズの第九冊目として、昭和五十四年(一九七九)九月に上梓されている。
 さすがに九冊目ともなると超人気作品は乏しいものの、夢Q世界の真髄を随処に垣間見させてくれる絶妙なラインナップとなっており、やはり必読の一冊である。
 特に注目すべき点は、次の二つだろう。
(一)ジャーナリスト(新聞記者)時代の作者の真情を窺わせる作品が多い。すなわち、作家・夢Q誕生の原風景に直結する作品が多く含まれている、ということだ。
(二)「いなか、の、じけん」および「怪夢」という、現在の〈ショートショート〉形式の先駆をなす両傑作が含まれている。
 以上の点を踏まえつつ、本書に収録された諸作品について、知るところを記してみたい。
 まず(一)について。
 これは何といっても表題作である「空を飛ぶパラソル」に歴然だろう。主人公は「福岡時報」(夢Qが勤務していた「九州日報」がモデル。作中の上司も実在の人物で、新米記者にとっては愛憎なかばする存在だったらしい)に勤める若手新聞記者。舞台は福岡の北部を走る九州本線(現在の鹿児島本線)の鉄路──〈左手の地蔵松原の向うから、多々羅川の鉄橋を渡って、右手のはこざき駅へ、一直線に驀進して来る下り列車〉(地名はいずれも実在のもの)に撥ね飛ばされて無残な轢死体と化す妊産婦と、それから一年ほど後、地蔵松原の墓地のはずれに立てられた粗末な鯉幟に秘められていた残酷絵巻。妊娠出産にまつわる二つの悲劇を、事件を取材する新聞記者の視点から、ほろ苦く描いた作品である。スクープをものしたと歓んだのも束の間、事件の真相は闇の彼方へ消え、あとには記者を責めさいなむように、青いパラソルと鯉幟の幻影が乱舞する……。
 ちなみに筆者は先年、怪談専門誌『幽』第二十六号の〈夢野久作特集〉で、案内役の作家・福澤徹三さんと共に、この作品の舞台となった地蔵松原一帯を歩いたことがある。同地の名前を出したとたん、福澤さんがニヤリ。
「あそこには、心霊スポットとして有名な踏切があるの、知ってますか?」
 九州大学の医学部キャンパス(パラソル事件の現場近く)から車で十分ほどで到着したのは〈よねいちまる地蔵尊〉──地蔵松原で非業の死を遂げた武人と恋人の霊が、いまも付近を彷徨さまようと噂される現場だが、なぜか踏切がない。近年、鉄道の高架化により、曰くつきの踏切は撤去され、公園になっていたのだ。夢Q作品に米一丸の供養塔は出てこないが、ここが惨劇の舞台に選ばれた背後には、そうした伝承がかげを落としていたことは間違いなかろう。
「空を飛ぶパラソル」の主人公はスクープを狙う真っ当な記者だが、「キチガイ地獄」(凄いタイトルだ)のそれは、夢Q得意の狂気の世界へと読者を誘う、怪しくも両義的な存在である。また「老巡査」やオカルト臭が濃厚な怪作「白菊」に登場する冷血無残な悪漢も、新聞記者とはたいせき的な存在だが(かれらがじやつする凶悪事件は、記者には恰好のネタなのだから)、両者の間にも、どこか似通った雰囲気が漂う。蛇の道はヘビというべきか……「復讐」の院長の婚約者や「ココナットの実」の爆弾を抱えた娘も、性別こそ異なるものの〈局外者〉としての強烈な刻印は紛れもない。異常と正常、狂気と正気が瞬時にして入れ替わる意外性こそ、夢Q綺譚の真骨頂といえよう。
 次に(二)について。
 田舎特有の習俗に根ざして惹き起こされる悲喜劇を、ごく限られた枚数のうちに封じこめて異彩を放つ名品「いなか、の、じけん」、鉄工場の狂乱や航空機のドッペルゲンガー(自己像幻視)、人形都市など、モダン都市特有の風物が、作中人物たちを狂気へ陥れるさまを活写して、夏目漱石の「夢十夜」としばしば対比される「怪夢」。戦後、星新一らによって確立された〈ショートショート〉のスタイルを先取りして、斬新な文学世界を構築した異色の両篇である。
 夢Q作品が有する新しさを、もっとも体現した作品群といえようか。本書によって、夢野久作という作家の、時代を超えた魅力を堪能していただけたら幸いである。

  二〇二〇年十月  乱歩大人の生誕日に

作品紹介



空を飛ぶパラソル
著者 夢野 久作
定価: 704円(本体640円+税)

甘やかな幻想世界への招待状。「いなか、の、じけん」はじめ全8編を収録
新聞記者である私は、美貌の女性が機関車に轢かれる様を間近に目撃する。思わず轢死体の身元を改めると、衝撃の事実が続々と明らかになって……。読者を魅了してやまない、文壇の異端児による絶品短編集。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000314/
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