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レビュー

赤川次郎が“忖度”に物申す!警察組織の闇にOLが立ち向かうサスペンス・ミステリ『目ざめれば、真夜中』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:やままえ ゆずる / 評論家)


 まさ、二十八歳。〈Kサービスセンター〉の庶務に勤めて六年になる。職場は親会社である〈K社〉の製品に関するサービスの窓口だが、実質は〈苦情処理の窓口〉と言ったほうがいい。最大の仕事は「謝ること」なのだ。
 冬のボーナスが支給されたその日、同僚のかわきようがデートだというので、当番を代わって八時まで残業することになった。一応受付は五時までだが、量販店が九時頃まで開いているので、毎日一人が残って対応するのだ。そんなときに限ってやけに苦情の電話が多いのだが、営業のむらこしからデートの誘いがあって、目下のところ恋人のいない真美はちょっと浮かれてしまう。
 そこに訪ねてきたのが刑事のまるかわだ。丸の内の小さなオフィスビルに逃げ込んだ殺人犯が、女子事務員を人質にして立てこもっているという。その男、しらかずが、真美とでなければ話し合いに応じないと言っているらしい。名前に思い当たるところはなかったが、人質がいては仕方がない。真美は事件現場に駆け付け、ビルの中へと入っていくのである。
 なんと白木は高校の同級生だった。五年間勤めた奇妙な会社のことを、そして人質とされているひろゆうは実は婚約者だと、真美に語る。では何故こんな事件を? その真相を語る前に、白木は突入してきた三河刑事に射殺されてしまった。彼が手にしていた拳銃はオモチャだったのに……。調べてみると、白木の起こしたとされる「殺人事件」も奇妙な事件だった。じっとしてはいられない真美だ。
 すでにオリジナル著書が六百冊を超えた赤川作品では、女性を主人公にした物語が多い。
 たとえばシリーズ・キャラクターものでは、デビュー作「幽霊列車」に登場したながゆうや『三毛猫ホームズの推理』の猫のホームズが、長年にわたって多くの事件を解決してきた。『セーラー服と機関銃』で衝撃を与えたほしいずみ、〈悪魔〉シリーズの花園学園トリオ、〈吸血鬼〉シリーズのエリカ、〈三姉妹探偵団〉シリーズのもと三姉妹、〈花嫁〉シリーズのつかがわ、〈華麗なる探偵〉シリーズのすずもとよし、〈なんじよう姉妹〉シリーズの双子の姉妹、〈怪異名所巡り〉シリーズのまちあい、そして暦通りに年を重ねてきたすぎはらさやなどなど……。
 それに比べると男性はちょっと肩身が狭い。〈夫は泥棒、妻は刑事〉シリーズのこんじゆんいちや〈鼠〉シリーズのきちのように、素敵なキャラクターもいるけれど、なにせ一番目立つのが警視庁で一番嫌われているというおおぬき警部なのだから。
 シリーズもの以外でも女性をメインにした作品が目立つ。『ト短調の子守歌』、『殺人はそよ風のように』、『虹に向って走れ』、『沈黙のアイドル』、『ゴールド・マイク』、『鏡よ、鏡』といった、アイドルの世界を描いた長編は、若い女性の心情が繊細に描かれている。
 アイドルが身を置く華やかな芸能界にも光と影があるが、『明日を殺さないで』、『君を送る』、『くちづけ』、『白鳥の逃亡者』、『悲劇のヒロイン』、『天国と地獄』、『台風の目の少女たち』、『月光の誘惑』、『東京零年』、『悪夢に架ける橋』といった作品では、人間社会の光と影の狭間にわき起こる大きな荒波に、女性たちがもみくちゃにされている。『夜に迷って』のさわやなぎはるのように、家族との関係のなかで苦悩する女性もいた。そんな逆境のなかでも将来を見据えていく主人公の姿は印象的だった。
 ただ、この『目ざめれば、真夜中』の真美が直面している逆境は、数あるあかがわ作品の主人公のなかでも最大級の厳しさかもしれない。立てこもり事件の関係者となってしまったことはもちろん非日常的な、とんでもない出来事であるのは間違いない。と同時に、彼女の家庭にも大きな不安の影が迫っていたのである。
 父のやすまさは六十歳だが、再就職先に不満があって辞めてから、すっかり働く気を失い、酒浸りである。母のよねはもともと自分が働くという発想がないのだが、芸術家風の初老の男性とのデートを楽しんでいるところを真美は目撃してしまった。弟のまさは二十四歳にしてまだ専門学校の学生(しかも三つ目!)で、将来の目標など何もない。つまり、の家計は真美がすべて担っているのだ。しかも正樹は結婚したいと言いだして、彼女を家に連れ込んでくる。その費用も真美が負担するのか!?
 真美の職場もまた不安がよどんでいた。勤務時間中にゴルフ雑誌を読んでいるような上司の課長は、まったく頼りにならない。〈K社〉の製品にトラブルがあって苦情の電話が殺到しても、真美たちがひたすら謝るしかないのだ。そして経済的に窮した真美に、とんでもない裏の業務命令がもちかけられる。家族と職場のトラブルの板挟みで彼女の悩みは増えるばかりだ。
 それでも真美はいつも前向きである。〝私はあんな情ない勤め人になりたくない〟と、仕事には一層精を出す。たいした給料をもらっているわけではないが、仕事をきちんとこなすことが誇りなのである。一方、白木和也の事件を調べていくなかでは、あわやという場面に何度も直面するのだ。しかし、苦労することが生きがいとばかりに、真美は走りつづけるのだった。杉原爽香とも共通するその前向きな姿には、きっと声援を送りたくなることだろう。
 そして、類は友を呼ぶ、とでも言えるだろうか。個性的なふたりの女性が真美と苦労を共にしている。
 ひとりは白木和也の母のゆきだ。九州の田舎町で小さな居酒屋を営んでいたが、ありったけの貯金をおろして上京する。息子を失った哀しみにうちひしがれているようなキャラクターではない。その汚名をそそがない内には帰れないとけんこうで、真美は圧倒されてしまう。
 広田悠子が息子の子供をもっていると知って、さらにパワーアップするのだから、まさに「母は強し」だろう。しかもこの母、真美以上に危機管理能力に優れているのである。先を読んでの的確な対処で、あわやという場面を何度も回避していくのだ。その鋭い感性と陽気で元気な姿がなんとも痛快なのである。
 もうひとりは〈アフタヌーンワイド〉でリポーターをしているみやさかはつだ。白木の立てこもり事件がしたあと、現場でインタビューしてきたのだが、そのきちんとした態度に真美は好感を抱くのだった。興味本位ではなく、真実を伝えようという姿勢を崩さない初枝もまた、白木の立てこもり事件に疑念を感じて、その背後関係を探りはじめる。
 その初枝は離婚して五年になる。親権が夫のほうに渡されてしまったので、ひとり娘のめぐみと会うことはままならない。しかし、なにかと母親に甘えて、相談してくる恵なのである。その恵が終盤、大活躍するのも読みどころだが、母親としてのナイーブな心情を見せながらも、ジャーナリストとして巨悪に迫っていく初枝の姿はすがすがしい。
「三人寄れば文殊の知恵」というか、もう家の「三本の矢の教え」というか、真美、幸江、初枝というたくましい三人の女性の、絶妙なトライアングルが、そして知恵と勇気と優しさのトライアングルが、一連の事件の真相に着実に迫っていく。やがて明らかになってくるのは、日本社会のダークな一面だ。
 白木和也の立てこもり事件の背景は、赤川作品にしては珍しく、現実の事件とリンクしていると言っていいのかもしれない。『目ざめれば、真夜中』は二〇〇一年十月から二〇〇四年二月まで「ポンツーン」に連載され、二〇〇四年四月に幻冬舎より刊行された長編だが、連載中の二〇〇三年十一月、作中で明らかにされているのと似たような出来事が、テレビのニュース番組で報道されて表面化しているのだ。
 その事件の詳細や権力が本気を出したら恐ろしいと思わせる不可解な後日談については、たかまさゆき真実 新聞が警察に跪いた日』(角川文庫)に詳しい。『目ざめれば、真夜中』はあまりにもタイムリーな作品であり、そしてラストで〝結局、一部の人間が責任を取って辞め、ことはうやむやに終る可能性もある〟と将来の展開を的確に予測していたことに驚かされるのだ。
 強大な権力の前には、いくら真美でも限界があるかもしれない。しかし、そんたくいんぺいはびる社会にあって彼女が、そして幸江や初枝のように疑惑をそのままにしてはおけないという強い意志を持った女性たちがいなければ、社会の闇に迫ることはできないはずである。やがて真美たちの思いがしだいに周囲の人たちの心を動かしていく。真夜中には必ず真実という光が差し込むはずだ。

ご購入&試し読みはこちら▶赤川次郎『目ざめれば、真夜中』| KADOKAWA

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